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2009年9月16日 (水)

風あざみは存在しない

しばらく前にイー・プラスの先行予約で申し込んでおいた井上陽水のコンサート「40th Special Thunks Tour」のチケットが当選して今日届きました。
P50_20090916_205916 11月11日19時から東京国際フォーラム ホールAにて行なわれます。40thということはデビューは1969年ということになり吉田拓郎よりもプロとしてのキャリアは1年長いんですね~。知らなかった。
8月24日~27日にNHK教育で4回シリーズ『LIFE 井上陽水 ~40年を語る~』という番組がオンエアされていました。この中で陽水自身が長時間のインタビューに答え、自分の作品についていろいろ語っています。独特の詩の世界がどのようにして作られていたのかが大変興味深く視聴しました。

大好きな「少年時代」の歌詞

~♪~  夏が過ぎ 風あざみ
        だれの憧れにさまよう
         青空に残された 私の心は夏もよう ~♪~

風あざみ というあざみは存在しないものだとの突っ込みに対して
「曲に詩をつける中で、鬼あざみというのがあるのならば風あざみもあるんだろうなぁ、と、無けりゃ無いで別にそういう言葉を作ってしまっても罪にはならないでしょ、と思って作ってしまった。」
なんといういい加減な!。
その次のフレーズも意味不明。何がさまようのですか。風あざみがさまようの?
青空に残された心ってどういうもの?。ココロに模様が付いている?

この3行だけでも意味を考えれば支離滅裂です。

思うにこれはイメージの羅列であり、詩を聞いた人のココロの中に情景を思い浮かばせる力を持っている不思議な詩なのだと思います。
「夏」「風」「憧れ」「心」「青空」「夏もよう」などの言葉を頭の中に入れると各個人の持っているイメージが広がるでしょう。そしてこれらの言葉は開放的で明るいイメージを連想しませんか?。この浮かんだイメージに「過ぎ」「さまよう」「残された」という動きを与えています。その動きも一方向に真っ直ぐ(過ぎ)なだけではなく、ふらふらとしたり(さまよう)止まったり(残された)変化を与えています。すると頭の中の隅々までイメージで満たされ心地よくなってしまうのでしょう。

でも曲と詩(言葉)がマッチして名曲なんですよね。この歌は絶対コンサートでも歌ってほしいですね。

さて、気になる席はというとイー・プラスの先行で前の方になったためしがないので期待はしていませんでしたが、期待していなくて正解でした。いつも2階席なんですよ、イー・プラスの先行予約は。

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