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2011年3月

2011年3月27日 (日)

岡本太郎の墓に参る

6:30起床。真冬のような寒い朝。今日中に大阪に入らなければならないので走りは控えめに。
昨夜、震災により方送が中断していた「太郎の塔」第3話の放送がありました。テレビも少しずつ日常を取り戻しつつあります。
太郎一家の墓は多磨霊園にあるそうです。ちょっとした自転車散歩で訪ねるのにちょうどよい距離です。さっそく霊園内の墓の位置をネットで検索して出かけます。
Map20110327 8:30出発。多摩川CR~都19~都12~東八道路~多摩霊園~霊園南参道~都229~府中~都9~是政橋~多摩川CR~立川折り返し~多摩川CRで12:20帰宅。





P50_20110327_094512 霊園内の区番案内
広い霊園なので墓地には区-種-側-番の番地のようなものが振られています。太郎の墓は16区1種17側3番とのこと。とはいえ初めて園内に入ると迷いました。広い園内は自転車で通行可能なので助かります。ただ、お墓に行くときは道路脇に駐輪して歩いていきます。


P50_20110327_100126 父一平の墓碑
父一平と母かの子の墓は並んで立っていました。一平の墓碑は太郎の作品です。





P50_20110327_100138_3 母かの子の墓碑
墓碑は観音像です。






P50_20110327_100702 岡本太郎の墓碑
両親の墓碑に対面するように向き合っています。自分自身の作品「午後の日」です。頬づえをついてニコニコと笑っています。
右の墓誌には太郎と養女敏子の名が刻まれていました。




走行時間:3h00m、距離:61.4km、AV.20.4km/h

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2011年3月26日 (土)

自転車出張修理する

6:30起床。冬のような快晴の朝。気温はそんなに冷え込んでいませんが北西風が吹き始めています。今日は自転車修理の予約が入ったので狭山市の入間川のほとりまで出張サービスに行きます。早く出発しないと北西風が強まってしまいますが、先週羽生から帰ったあとフロントキャリアをそのままにしてあったのでまずは取り外し作業をしてからです。
そんなこんなしていたので出発は7:50となりました。すっかり風が強まっています。
Map20110326 多摩川CR~羽村~新奥多摩街道~東青梅~都28~県195~飯能~R299

狭山は北西方向にあり、まともに向かうと思いっきり向かい風です。なので少しでも風を避けるために山に近い青梅、飯能を経由して北上し入間川に出る計画です。


P50_20110326_075230 ハクモクレン
今年の3月は寒い日が多く花が1週間以上遅れています。近所の木がようやく花を咲かせました。桜はまだ小さいつぼみ状態ですね。開花は4月に入ってからでしょうか。




P50_20110326_104038迂回したものの風は強かったです。多摩川CRでは突風に遭遇すると時速15km/hまで急減速させられます。青梅や飯能の丘陵地帯に入っても風は弱まりません。
予定より大幅に遅れて飯能へ。ここからは進路を東に取れるので向かい風から一転追い風気味です。周辺の畑から舞い上がった土埃で少し黄色がかった風景になりつつあります。


R299~豊水橋~入間川CR~11:40狭山自転車修理。
到着してまずしたことはお昼をご馳走になりました。腹いっぱいで動けん!。
しばらくマッタリして腹ごなしし、12:30ころからようやく作業開始です。
昨年11月27日にパンク修理に来た時スポークも折れていたのですがスプロケットを外すすべが無くリムの振れ取りだけして応急処置をしました。しかしその後相次いでスポークが折れてリムが変形しブレーキに干渉して走行不能となったそうです。スポークに無理なテンションをかけてしまったのが原因です。全てスプロケット側のスポークでした。
P50_20110326_124238 ボスフリー抜き装着
スプロケット側のスポーク交換はスプロケットを外さなくてはなりません。スプロケット外しの形状はその後の調査でシマノのボスフリー抜き(TL-FW30)で外せることがわかったので購入しておいて貰いました。写真のようにシャフトを穴に通して差込みモンキーで左に回します。ところがこれが固着していて回りません。しようが無いので荒っぽいですがモンキーを足でガツッと蹴り下げようやく回りました。
P50_20110326_124642 外れたスプロケット
あとはネジに沿ってくるくる回してかぽっと外れます。スプロケットは6段が一体型になっていました。ディグリーザがあればシューッと吹きかけてサッパリさせてあげたい気分です。




P50_20110326_124648 ようやくスポーク交換
スプロケットが消えてようやくスポークを通す穴が現れます。二本交差で上下を間違わないようにしてニップルで仮固定します。実はここからが大変でリムのフレ取り作業に入ります。中腰での作業となり体力と忍耐の勝負です。B型の僕としてはこんなもんかな的な気分で微調整しますがブレーキシューの幅が狭くすぐ干渉してしまいそんな妥協を許してくれませんでした。試走をして体重をかけてたわみが出たところを再修正。腰が痛くなってきました。
14:50出発~入間川CR~荒川CR~羽根倉橋
P50_20110326_153640 誰もいない荒川CR
狭山市から入間川CRは北東に進むためしばらく横風気味のためハンドルと取られます。ウインドブレーカがバタバタとやかましくヘリコプターのようです。R254の落合橋をくぐると進路は東~南東~南に変化します。待ちに待った追い風です。自宅までずっと追い風です。こんな日に走っているサイクリストの姿はほとんど無く羽根倉橋までの間に4人とすれ違っただけでした。

~志木~県36~ひばりが丘~都12~都9~多摩川CRで17:50帰宅。
P50_20110326_174004 日没前に到着
日が傾くにつれ風が冷たくなってきました。今日の日没は17:57。見事な時間割で無事帰宅です。普段の仕事では味わうことの出来ない充実感を感じますなぁ。




走行時間:6h11m、走行距離:140.9km、AV.22.7km/h

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2011年3月22日 (火)

牛乳の1年間年平均摂取量

福島県の農家で採取された牛乳から暫定規制値を上回る放射線量が検出されたというニュースで官房長官が説明していました。
「日本人の1年間年平均摂取量で摂取したとして、CTスキャン1回程度のさらに5分の1の放射線量」
ここで言う日本人の1年間年平均摂取量とはどれくらいの量なのか気になって仕方ありません。この量についての説明が無かったからです。
僕は毎週1リットルのパック牛乳を2本飲んでいます。このペースは日本人の1年間年平均摂取量より多いのか少ないのか?

しょうがないので調べてみました。

①(社)日本酪農乳業協会(2005)によると
男女別、年齢別で大きな差がありますが男の全体平均で125ml/日

②厚生労働省国民栄養調査(2007)によると
男の全体平均で100ml/日

③農水省食糧需給表(2006)によると
飲用向け生乳供給量 104.1g/日

④総務省統計局の家計調査(2006)によると
1人1日あたりの牛乳購入量 84.2ml/日

それぞれバラツキがあるものの1日100ml前後が平均値のようです。
すると1年間の平均摂取量は 100ml×365日=36500ml
僕の1年間摂取量は 2000ml×52週=104000ml
平均の2.8倍摂取していることになります。
牛乳は水よりも重く100ml=103.2gらしいので、1年間に飲む牛乳の重さは
103.2×104000ml/100=107.3kg
10年で1トンの牛乳を飲んでるんですね!

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2011年3月21日 (月)

見沼代用水沿い

3月20日(日)
6:30起床。夕方から雨、翌日も続く予報なので羽生から戻ります。自転車は雨に弱いのです。
昨夜は19時前に緊急地震速報が発表され強い地震がありました。
飼い犬が地震ですっかりノイローゼ気味だそうです。動物の方が敏感に感じるのか人には感じないちょっとした揺れでも起きてしまうそうです。現在は座敷犬に変身して母親と添い寝していました。
Map20110320 羽生から見沼代用水沿いに走って自宅へ帰ります。緑のヘルシーロードというのが整備されていて川口あたりまで続いているようです。





7:30出発。まずはお彼岸でもあるので線香とろうそくを持って墓参りに行きます。
P50_20110320_073100 ブロック塀崩落
ブロック塀の一番上の段がきれいに外側に落下しています。鉄筋を通していないんですね。





P50_20110320_074136 お寺の山門瓦崩落
お寺の山門の屋根が崩れて瓦が散乱していました。門は通行止めのテープが巻かれています。地震から一週間経つのに手つかずです。




P50_20110320_074548 石仏転倒
墓地では石灯篭や石仏が倒れている姿が見られました。これはよそ様の家のものですが、重くてひとりでは動かせません。





羽生~県129~加須~県305~騎西領用水沿い~久喜~県87~見沼代用水沿い~足立区舎人
P50_20110320_094508 綾瀬川
見沼代用水は昔、綾瀬川を樋で越えていたそうです。現在は綾瀬川の下をトンネルでくぐっています。川が川をくぐるなんて変ですが、見沼代用水は標高差が無いうえに何本もの河川と交差するため川の立体交差を繰り返して流れます。手前と対岸の赤レンガは1908年に木造からレンガ作りに架け替えられた掛樋の名残だそうです。

P50_20110320_105630 緑のヘルシーロード
急に狭くなる場所があります。自転車1台がやっとの幅です。
武蔵野線をくぐって川口に入るとペースは大幅に落ちます。道路の横断や迂回が多くなります。




P50_20110320_110358 圧縮自転車
すごい重ね方です。使えそうな部品がいっぱいあるのにモッタイナイ。ペダルリフレクタいっぱい。





P50_20110320_114256 見沼代用水見失う
足立区舎人に入ると見沼代親水公園が道沿いに続きます。それが突然古千谷橋で途切れ用水を見失いました。
詳細な地図も無く現在位置もはっきりしないためこれ以上の追跡は諦め一路南下して荒川を目指します。荒川に出れば自宅への経路は何とかなります。


舎人~荒川CR~扇大橋~荒川CR~都307~王子あたり~板橋あたり~山手線の西側~下落合~神田川に並行する道~中野坂上~青梅街道~荒玉水道道路~世田谷通り~多摩川CRで15:00帰宅。

走行時間:6h25m、距離:128.0km、AV.19.9km/h

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屋根を見に行った

3月19日(土)
5:30起床。三連休の初日、不機嫌に曇っています。予報ではこれから晴れてくるようですが明日は夕方雨となっています。昨年の秋から三連休のお天気成績がよろしくなくお泊りツーリング不発です。
一泊二日を利用して羽生にお見舞いに行きます。せっかくなので年末行きそびれた秩父の豚みそ丼を食べてから羽生に向かうコースです。
この1ヵ月半、ロクに走り込んでいないので秩父の峠越えが不安ですが、道が困難なほど走り甲斐があるというもの。フロントキャリア、バッグを装着しタイヤの空気圧を高めにして準備万端。
Map201103191 青梅から秩父までのプロフィール
6:20出発。多摩川CR~8:20羽村(39.5km)~新奥多摩街道~東青梅~成木街道~吹上峠~都193~松ノ木TN~都53~9:20小沢峠(56.5km)~名栗(パンク)~10:40山伏峠(72.0km)~県53~R299~11:15秩父市街(87.2km)~11:35野さか昼食。

P50_20110319_074100 二重の傘雲
西の空から青空が広がってきました。富士山の上には傘雲が二重に出ていました。





P50_20110319_092706 名栗
久しぶりの名栗です。
すっかり上天気になり気温も上昇。周囲に咲く梅を見ながらのんびりツーリングです。車も極端に少ないです。




P50_20110319_100632 パンクした
気持ちよく走っていたら乗り心地がソフトになって来ました。パンクです。日当たりのよい場所に止めてパッチ修理します。パンク修理もずいぶん久しぶりです。原因はガラス片の突き刺さりでした。タイヤの裏側を手でチェックするとトゲのようにガラス片が飛び出していたので除去します。
せっかく空気圧を高圧にして来たのに、パンク修理後手持ちのインフレータではそんなに高圧に出来ません。

P50_20110319_102012 なぐりづえ
名郷の公衆トイレに杖がかけられていました。殴るための杖ではありません。登山者のために誰でも自由に使ってよい杖のようです。
ここからが山伏峠まで標高差300mの今日一番の頑張りどころです。


P50_20110319_104420 山伏峠
峠の標識が出来ていました。下の横文字ですが”峠”をそのまま”Toge”と表記しています。”Pass”のほうがかっこいいのに。





P50_20110319_104814 残雪あり
峠を越えた山陰には残雪がありました。2週間ほど前のときのものでしょうか。

R299に合流するとさすがに大きいダンプが通ります。いつの間にか車線中央に分離ポールが立てられていました。これでは車は自転車追い越しに右に避けてくれません。路肩は無いし路側帯の白線は自転車いじめのガタガタ塗装ときたもんだ。全くひどい道です。

P50_20110319_111614 秩父の野さか到着
秩父市役所からR140を山のほうに少し走った右側にあります。あれ、暖簾が出ていません。写真を撮っているとご主人が出てきて11時半からだと教えてくれました。時間があるので先におみやげの買い物をしてくることにします。



P50_20110319_112728 安田屋
安田屋といえば小鹿野ならわらじかつ丼なのですが、秩父では名物味噌漬けの肉屋さんです。50円コロッケも有名ですが、これから豚みそ丼を食べるのでガマンしておみやげの豚肉の味噌漬けを購入します。



P50_20110319_113436 再び野さか
戻ってくると暖簾が出ていました。今日最初のお客さんです。「いらっしゃいましー」とお若い看板娘さんに迎えられます。





P50_20110319_114156 豚みそ丼
注文は”並”850円です。大盛、特盛もありますが、今日は並でいいのです。味噌漬けではありますがしょっぱくなくて御飯との相性抜群。もうちょっと食べたいくらいですがこの先残り80km近い走行が待っているので満腹にしてはいけません。



12:00野さか出発~R140~皆野~県82~寄居~R140~13:50熊谷(132.5km)
P50_20110319_120342 おみやげ満載
想定を超えるという言葉を最近良く聞きます。安田屋で購入した豚みそ漬けのパッケージの大きさは僕の想定を越えて大きく、せっかく用意してきたフロントバックに納まりません。チャック半開きで大きくはみ出したまま秩父~羽生間を走破しなければなりません。


R140沿いでは所々左側に長い車列が出来ていました。ガソリン給油待ちの車ですね。営業しているガソリンスタンドがあるのは車の絶対量が少ないせいでしょうか。車は便利ですけど大変です。
P50_20110319_142904 被害地区に入る
熊谷市街を抜け県128でR17バイパスを渡り行田に入ると屋根をブルーシートで応急処置した家が目立ってきました。破損箇所は僕の実家と同じ屋根のてっぺんの棟瓦の崩落です。
ここはかなり古い倉庫です。多くの瓦がずれて落下しています。今回の東北の被害との比較になってしまうのでしょうが報道機関にとってこういうのは被害のうちに入らないのでしょう。

熊谷~県128~14:50利根大堰(149.1km)~利根川CR~15:30羽生着。
P50_20110319_154604 応急処置済み
数日前の強風でシートがずれてしまったので、この日午前中にやり直したそうです。遠目に見ると青白のマダラ模様に見えたのですが、白は重石の砂袋だったのです。3月12日の写真で写っていたUHFアンテナは低い方の屋根に移されていました。

家人は元気に野良仕事中。無事で何より。

走行時間:7h18m、距離:163.9km、AV.22.4km/h

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2011年3月15日 (火)

お見舞い

昨日の坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLDは、震災の特別番組により
休止でした。
番組のホームページにお見舞いメッセージがありました。

http://www.allnightnippon.com/gold/mon/

坂崎さんの文字を初めてみました。

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消えてしまったもの

6:30起床。さっそく電車の運行状況を確認します。自転車通勤するかしないかの判断をします。すると今日は最寄駅では本数が少ないながらも運行されていました。
今日は自転車通勤無しと決定。少しガッカリです。

電車は本数が少ないため混むし遅れるしで昨日の自転車通勤よりも大幅に時間がかかった上疲れ切った状態で職場に到着。やっぱり自転車のほうが楽だわ。

帰宅時、エネループでも追加調達しようと思い家電量販店に立ち寄って来ました。
街は派手なネオンや看板の照明が節電のため消され普段よりも薄暗い状態です。看板の照明が落ちていると閉店しているように見えますが店内は照明が灯いているので営業中と分ります。
まず電池コーナーに行くと電池関連が漁られていて棚から消えていました。全部品切れ。
パソコンコーナーではほとんど電源が切られて黒い画面が並んでいます。
TVコーナーも同様で電源が切られ画面の消えた黒い液晶画面がズラッと並ぶ異常な雰囲気。これでは機種ごとの画像比較など出来ないですね。

スーパーやコンビにでは相変わらず一部の食品が品切れ状態。皆さんそんなに必死に買いまくって食べ続けているのでしょうか。
原因はテレビの震災報道だと思います。震災発生から連日24時間ずっと現地の状況を取材して映像で流し続けています。現地では水も食料も燃料も不足していると連呼します。これでは影響の無かった人でも我が事のような錯覚に陥り不安に駆られて短絡的に買いだめに走ってしまうのでしょう。全部の放送局が競って報道しあうのもどんなもんなのでしょう。
本当に情報が必要なのは震災の現地のはずなのに現地は電気も通じていないところも多く情報が届かない。平常な生活が営めるところでは情報過多で心理的不安を煽ってしまっている。
そして僕は苦労して通勤して仕事して帰ってくるとカラッポのスーパーの棚にあきれ返っているわけです。もう少し落ち着いて行動して頂きたいものです。

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2011年3月14日 (月)

自転車通勤する

6:30起床。降って湧いたような東京電力の計画停電発表により朝起きてみると通勤の足、小田急線が新宿~経堂間の折返し運転となっていました。これはいよいよ自転車で通勤しろということか。普段の練習はこの日のためにあったのです。
幸い天気は上々。このところ走行不足気味なので喜び勇んで出発。ちなみに服装は革靴にスーツ姿なんて冗談じゃないのでいつものツーリング姿です。

8:10出発。世田谷通り~荒玉水道道路~青梅街道~早稲田通り~明治通りで9:20仕事場着。
いや~、予想以上に自転車で都心に向う人たちがいました。左車線は自転車の列です。そして信号無視する人の多いこと。多分にわかジテ通の人が大部分だと思われます。
休日に自転車で仕事場に行ったことはありましたが平日に走るのは初めての経験でした。
さすがに交通量が多く、車よりもバイクに注意が必要です。

通常の交通手段で出勤できない人は自宅待機でよかったらしいのですが出勤してしまったものは仕方ありません。

20:20仕事場出発~明治通り~早稲田通り~青梅街道~荒玉水道道路~世田谷通りで21:40帰宅。

明日は夜に雨の予報ですが小雨らしいので電車が走らないのならジテ通予定です。

走行時間:2h16m、距離:47.7km、AV.21.1km/h

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2011年3月12日 (土)

拓郎のハワイツアーも中止

拓郎のホームページにもお見舞いの言葉が・・・・。
「心よりお見舞い申し上げます」
明日出発予定だった拓郎のハワイツアーも中止になっています。
(ニッポン放送のオールナイトニッポンGOLDのページ)

「3/13出発 坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD ハワイ6日間の旅 中止
administrator (2011年3月12日 01:47)
ニッポン放送からのお知らせです。

3月13日(日)出発予定の「坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD ハワイ6日間の旅」は、東北地方太平洋沖地震の影響で中止とさせていただきます。」

準備されていた人はガッカリでしょうね・・・。

それにしても緊急地震速報の検証実験をしているような頻度の発表。
しょっちゅう揺れる部屋・・・。

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帰宅難民となる

災害はいつ何時、どんな形で起こるか分りません。
3月11日14時46分頃三陸沖を震源とするマグニチュード8.8の巨大地震が発生し、これに伴う津波と揺れで東北地方を中心に広範囲に大変な災害となっています。
湾に押し寄せた津波が防潮堤を乗り越えて市街地に怒涛のごとく流れ込み住宅を巻き込み根こそぎ破壊していく姿。海岸から平野の内陸部にアメーバのようにメラメラと進入しながら民家や田畑を飲み込んでいく。その先にある道路を走る車をあっという間に濁流の中に飲み込んで行く様子など、津波の押し寄せる映像を見ているとなんとも言えぬ無力感を感じます。
一夜明けた津波被災地の惨状といったら。今後どうやって再建していくのでしょう。何世代にもわたって形成されてきた市街地が破壊されるのは一瞬です。そして再建するのにかかる長い時間。

僕は地震発生当時、清瀬の客先の事務所で同僚と作業していました。
事務所には緊急地震速報が報知されるシステムがあり揺れを感じる前に地震が来ることを事前に知ることが出来たためココロの準備をする余裕がありました。
地震波到達時間になると遠い震源特有のゆらゆらとゆっくりとした振動が始まり次第に強さを増していきます。経験的に1分もすれば振動は収まるという常識を持っていたのですが、一向に弱まらずさらに強力になっていきます。立っているとよろける程度でした。みんなこんな揺れは初めてだといっています。揺れは5分以上続き最後は船に乗っているような感じの長い周期で揺れていました。この付近では震度5弱を観測したようです。

結局作業はそのまま中止となり現場を引き上げることになりました。
16:10客先を退去。徒歩で西武池袋線清瀬駅にむかいます。
16:25清瀬駅着。電車は全面運休で改札は閉鎖。関東のJR、私鉄、地下鉄は全て停止状態とのこと。
16:30運転再開を待つため駅前のファミレスへ移動。ガスが使えないので食事は出来ない旨の張り紙がありました。ドリンクバーで時間をつぶします。携帯で情報収集しますが全然見通しが立ちません。そのうち日が暮れて暗くなり始めます。
電車は復旧の目途が立たないため、同僚と相談し
 ①レンタカーを借りて帰る
 ②タクシーで帰宅する
の優先度をつけて行動することに決します。レンタカーを考えたのはタクシーより安いことと携帯の検索で清瀬駅近くにニッポンレンタカーがあることになっていたためです。
18:30ファミレスを出発。レンタカー屋に向いますが発見できず。近くで人に聞いても清瀬にレンタカー屋は無いとのことで携帯情報はガセであることが判明。
道路沿いで空車タクシーを止め交渉しますがガス欠を理由に拒否されます。その後タクシーは捕まらず行動開始が遅かったことが分り始めます。吹き始めた北風の寒さがしみてきます。あぁ自転車があれば1時間半で帰れるのに・・・。

19:10タウンページでレンタカー屋を探すべくふらっと入った清瀬市消費生活センターで受付の方に話しかけられ事情を説明すると、東久留米駅前のレンタカー屋が知り合いだからということで予約まで取ってくださいました。なんという幸運。
あとは清瀬から一駅先の東久留米駅に向うだけです。でもタクシーは捕まりません。駅前はタクシー待ちの長い行列。50人以上並んでいます。これなら歩いた方が早いのです。
19:55東久留米駅到着。レンタカー手続き。ようやく家に帰れる光が見えてきました。
20:20東久留米出発。一路小金井街道を南下。しかし大渋滞。歩きと同じくらい。でも歩くよりはましか。
22:10関戸橋付近通過。多摩川土手上を上流に向う人の列。都心方面から徒歩で帰宅して来た人たちです。
24:10懐かしき我が家に到着。26kmくらいを4時間かかりました。これをタクシーだったらいくらかかるんでしょうね?同僚はこの先平塚までの長丁場。

部屋の中はある程度想像はしていましたが物が散乱していましたが、買ったばかりの液晶TVはけなげにも倒れずに鎮座していました。地震津波関連のニュースを見てしまい3時頃就寝。何度か地震の揺れで起こされて6時には起床。とても自転車でどこかに行く気分にもなれずニュースを見続けます。

午後気温も上がったので気分転換に買い物がてら自転車に乗ります。今日はサイクリストもほとんどいません。
15:00出発。多摩川CRで多摩水道橋~多摩川原橋周回して買い物して16:30帰宅。
スーパーでは商品の入荷が少なかったのか棚にスペースが目立ちました。インスタントラーメンやレトルトのカレー、御飯、パンなど買い漁られています。これまでは遠くの災害と見えていたものが今回は大きな揺れや交通の寸断で災害を受けた当事者的感覚を感じ心配になったのでしょう。

今回は郊外で帰宅の足が奪われたのでレンタカーを借りるという超ラッキーなことが出来ましたが、都心で足を奪われた人たちは自分の足で歩くか、避難所に泊まるしかなかったようです。自転車さえあればと何度も思いましたよ。実際、自転車屋で購入して乗って帰る人たちが大勢いたようです。

走行時間:1h07m、距離:23.1km、AV.20.6km/h

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2011年3月 6日 (日)

岡本かの子文学碑を見に行く

8:50起床。この前に何度か目覚めてはいましたが体がだるくてしかたありません。今日も薄雲がかかっているものの天気は上々。天気の良い週末2日間とも体調不良で思いっきり走れないのはなんともモドカシイものです。午後になって気温が15度近くまで上昇し気分も少し良くなったので軽く走ることに。

15:00出発。多摩川CRで多摩水道橋~是政橋周回したあと多摩川CRで二子新地の岡本かの子文学記念碑。
Map20110306 川崎市高津区二子
岡本太郎生誕100年だそうで、NHKで「TAROの塔」というドラマをやっています。ドラマなどめったに見ないのですがなぜか見てしまい岡本太郎に興味を持ちました。太郎の生誕の地が川崎市高津区二子で、多摩川のほとりにある二子神社の境内には太郎が建てた母かの子の文学碑があることを知りました。


P50_20110306_154006 多摩川CRから見える
場所を下調べすると二子神社は多摩川土手のすぐそば。ひょっとしたらCRから見えていたのでは?と思いCRから右側を注意して見ているとやっぱり見えていたのです。これまで何度ここを通過したことか。風景の中にこの記念碑の姿が写っていた筈なのに全然気づきもしなかったです。


P50_20110306_155154 二子神社
文学碑の建てられている神社です。すぐ裏は多摩沿線道路を挟んで多摩川となります。





P50_20110306_154914 二子神社ねこ
神社前で白いねこ茶碗に顔を突っ込んで食事中のねこがいました。時々ちょいちょいと手を茶碗に突っ込んで食べていました。





P50_20110306_155130 境内の公園にある文学碑
神社から見た文学碑です。ちょうど自転車で訪れた女性二人組みが見物中だったのでしばらく空くのを待ちます。
遠くからは白い鶴が首を上に伸ばしているように見えます。




P50_20110306_155500 文学碑に上って
文学碑はちょっとした山の上に建てられています。階段が付いているので上まで上ってみました。宿無しおじさんの布団があったりして激しく気分ぶち壊しですが岡本太郎氏の作品にじかに触れる場所です。



P50_20110306_155552 「誇り」
碑の前には太郎氏直筆の石版が埋め込まれています。
「この 誇りを 亡き一平と ともに かの子に捧ぐ 太郎」
と書かれています。一平というのは太郎の父。




P50_20110306_155342 豚子新地
神社のとなりにあった「豚子新地」。なかなかのネーミングです。とんかつやさんのようです。「かつサンド」の文字も見られます。400円らしい。福島県産エゴマ豚使用の赤い幟。エゴマは荏胡麻だそうでシソ科の草の種。これを食べさせてα-リノレン酸が在来の豚の約4倍も含まれているというお肉を使用しているらしい。


文学碑~多摩川CRで16:50帰宅。
2月の三連休に雪に降られてからすっかりペースが乱れてしまっています。来週はばっちり走れるようになれるかな?

走行時間:1h59m、距離:45.7km、AV.23.1km/h

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2011年3月 5日 (土)

デコポンが着いた

7:30起床。快晴でフレッシュな朝日が差し込んできています。3月の始まりは2月よりも寒くなりました。今朝も氷点下まで下がったようです。今週はいっそう忙しくなりお疲れモードなので寝坊しました。おまけに客先のおじさんのカゼを引き継いでしまったようで声変わりしています。困ったもんです。
気象統計上3月からは春となります。今シーズンの冬(2010年12月~2011年2月)は1年で一番寒い1月に強い寒気が入り続け一層寒く感じました。日本海側での大雪などもあり寒い冬の印象が強いのですが3ヶ月を通してみると12月と2月は暖かく結局関東地方は平年値より暖かな”暖冬”となったそうです。そういわれてみれば今シーズンもコート無しで過ごせたので暖かだったのでしょう。

気温が10℃を超えたので少し血行を良くしておこうと思い近くを走りました。
15:40出発。多摩川CRで多摩水道橋~是政橋周回して17:10帰宅
P50_20110305_190414 夜デコポンが到着しました。
ダンボール箱の中には大きさばらばら、形がイビツのデコポンが42個入っていました。夕食後のデザートに3個ほど食べましたが味は外見とは関係ありません。甘味の中に酸味があり内皮が薄いのでそのまま食べられるのもいいです。



走行時間:1h23m、距離:30.9km、AV.22.3km/h

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