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2015年8月22日 (土)

ビワハチブンノイチを達成して日本海に出る

8月11日(火) 4日目その2
9:40大垣女子短大出発~県216~垂井~R21~関ヶ原~R365~10:40関ヶ原古戦場(63.5km)
P50_20150811_101202垂井の一里塚
垂井は中山道の57番目の宿場。この一里塚は国の史跡に指定されていました。松の木があったようですが切株だけが残されていました。今日は気圧配置の関係で関ヶ原を吹く風は琵琶湖側からの西寄りの風でずっと向い風。R21は関ヶ原に向けて緩く上って行きますが大型車が多いのと上りの向い風で何かと疲れました。

P50_20150811_104130関ヶ原古戦場跡
関ヶ原からR365に右折ししばらく走ると古戦場跡の案内。国道走りで嫌気が差していただけに迷わず見に行きました。石田光成陣地跡と決戦地の跡でした。一面なだらかな草原状になっている場所でした。まさに”夏草や 兵どもが 夢の跡”です。写真左手にかすかに見える幟が最後の決戦地の碑のあるところ。


~R365~県509~12:10長浜駅(87.4km)~琵琶湖湖周道路~県44~県252~県259~県44~県514~県336~R8~福井県入り
P50_20150811_110245滋賀県に入る
関ヶ原古戦場を過ぎてR365を走っていると滋賀県米原市の標識。ついに関西圏に到達しました。国道はここを過ぎるとようやく下りとなりました。標高210mほどしかなかったのに大型車のためか精神的にだいぶ疲れました。



P50_20150811_121208琵琶湖
しばらく湖周道路でビワイチ気分で走ります。でもしばらく走ってもだれともすれ違いません。ビワイチやってる人はそんなにいないのか、時間的にこの辺りは通過してしまっているのか。




P50_20150811_124431エッチマンって?
琵琶湖に出ると今度は日本海から吹いてくる北からの向かい風となりました。せっかくの琵琶湖ですがこの辺りは風景に変化が無く霞ヶ浦を走っているのと何ら変わりません。向い風に嫌気がさして湖岸から離れて北上する県道に入りしばらくするとこの看板を発見。エッチマンって何をする人なんだろう。


ビワイチのひと
旧道の賤ヶ岳隧道越えを終えてR303分岐手前に久しぶりに現れたコンビニで補給しているとようやく現れたビワイチ走行中の人に声をかけられました。
男「どこからですか」
僕「各務ヶ原からです」
男「エッ、何、どこ」
僕「各務ヶ原からです」
その人はビワイチに各務ヶ原という地名がリンクしないことを理解し僕に対する興味を失い矛先を隣の自転車乗りに切り替え「あなたはどこからですか」と聞いていました。その人は「琵琶湖大橋からです」と答えると2人の会話はスムーズに弾んでいきました。ビワイチ走行中の人の「どこから」はビワイチの出発点はどこからかという意味の質問のようです。僕は二人の会話を聞きながら黙って隣でコーヒー牛乳500を飲んでいたのでした。
ビワイチの距離は200kmほどだそうで、今日僕は長浜からここまで25kmほど走ったわけでビワハチブンノイチ達成です。
P50_20150811_143740福井県に入る
ビワイチのコースと別れてどんな峠が現れるのかと思ってR8をしばし上って行くと県境の標識がでました。太平洋と日本海を分ける中央分水嶺の峠に達しました。茅葺の蕎麦屋などありましたが峠の名前示す標識はありません。帰って調べると「新道野越」とか「新深坂峠」とよぶらしい。地理院地図では敦賀市側の峠近くの地名が「新道」、峠直前に「新道野」と記されているので「新道野越」ということなのでしょう。
Map201508111関ヶ原から敦賀あたりの高低差
標高は260mくらいしかありません。琵琶湖からの標高差はわずか180m弱。青梅の梅が谷峠(330mほど)よりも低いのです。関東周辺の中央分水嶺越えの峠が低くても1000mなのと比べればずいぶん低く、冬季冬型の気圧配置の時に日本海の雪雲がここを通過して関ヶ原から名古屋方面に侵入する通り道であるこに納得です。
~R8~15:20敦賀港(133.9km)~16:00敦賀東横インにチェックイン~市内ポタリング~気比の松原~17:30宿に戻る
P50_20150811_151813敦賀港
ようやく日本海に達しました。
さてここでこれから越前方面に進むかどうかで迷いました。まだ15時すぎなので時間はありますが、今日はここまでずっと向い風で4日目の疲労ピークです。対岸の海岸沿いを走るR8をみると結構な交通量があるようだしアップダウンも見えます。さらに風が向い風ということもあり今夜は敦賀で停止することに決しました。
今夜の宿は敦賀駅前の東横インにしました。
P50_20150811_215627_2金沢侵攻作戦会議
さて明日は「金沢の友人に会う」ために金沢に向かいます。当初の予定では現在地より30kmほど進んだ越前町の宿を予定していましたが昨日断わられたため敦賀に甘んじているわけです。就寝前のひととき、夜食用にスーパーで購入した浜焼きサバをかじりながらベッドの上にツーリングマップルのコピーを並べて俯瞰すると7ページに渡って走っていかなくてはなりません。越前町の陶芸村の公園には岡本太郎の「月の顔」というオブジェがあり、それも鑑賞する予定でいましたが、敦賀からは海岸線沿いを走る予定です。越前海岸は山が海に迫る地形なので陶芸村に行くためには海岸から300mほどの峠越えの寄り道となり、金沢までの行程をさらに厳しいものとします。ここまで来ておきながら簡単にあきらめて良いのかとの声も出ましたが、「月の顔」は川崎市多摩区の区役所玄関にも大きいのが置いてあるからパスでいいよねという空気に支配されあきらめることに決しました。しかし、浜焼きサバの夜食はちょっと胃に重かったです。
走行時間:8h06m、距離:151.3km、AV.18.6km/h

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