« 2024年3月 | トップページ | 2024年5月 »

2024年4月

2024年4月29日 (月)

9日目 14時間40分のフライトに耐えて帰国する

2024年4月12日(金)~13日(土)9日目

メキシコから西回りで日付変更線を越えるためメキシコで迎えた4月12日はアリューシャン列島あたりで消えてしまい日本時間の4月13日になってしまう。

00:00B787ドリームライナー搭乗
アエロメヒコ航空の女性キャビンアテンダントで身長が低すぎて荷物棚の扉を閉めることができない人がいた。以前国内の採用条件に身長が入っていたそうだが今は条件に含まれていないそうだ。
定刻を過ぎても飛行機はまだ給油中とのことで出発が少し遅れる。機内は満員。

座席は17Fで3-3-3シートの中央列右通路側でトイレから離れた。左は米国人の奥さんと旦那。中央に座った奥さんがトイレに行くときは僕の方ではなく旦那を立たせて出て行くはずである。これは睡眠を妨害されずに済みそう。

機内は空調が効いてずっと寒かった。ウィンドブレーカーをカバンから出して手持ちしておいて正解だった。それでも寒くて備え付けのブランケットを掛けたがまだ足りない。

01:03(日本時間12日16:03)離陸
重い機体に薄い空気でちゃんと離陸できるのかと心配したが40分ほど遅れて無事離陸。これでメキシコとサヨナラである。
20240412
当日の飛行ルート
成田到着予定時刻は15:23(日本時間13日06:23)と表示されていた。

2:00朝食
離陸して1時間で「朝食」サービス。とはいえ深夜2時の食事。コーヒーの薄さ、ぬるさは学習済みだったのでもらわなかった。

食事が済んだら拓郎再生モード。食事で少し暖まったので少し眠ることができた。
長時間バス移動して腰と尻が鍛えられていたのか飛行中あまり態勢を入れ替えずに堪えることができた。
トイレは途中2回。

ここから時刻表記は日本時間

2024年4月13日(土)9日目
4:10(メキシコ時間12日13:10)頃日出ラインに追いつかれる
ずっと夜を飛行し続けるが日出ラインが後ろから追いかけて来て夜明けを迎えた。機内が点灯し明るくなる。
メキシコで11日19時ころに陽が沈んで夜になってから18時間続いた長い夜が終わった。

4:50昼食
となりに座る米国人夫婦の奥さんがスマホに表示された文章を僕に見せてきた。
「なぜそんなに長時間寝ていられたのか?」という僕に対する質問だった。実際にはずっと寝ていたわけではなく拓郎を聞いて席に座っていた
だけなので何と答えたものかと考えていたら、奥さんが「薬?(睡眠薬という意味か)」と聞いてきた。
僕はICレコーダーとイヤホンを見せて「音楽を聴いていただけ」。吉田拓郎といっても分からないだろうからジャパニーズポップスと答えておいた。本当はバス効果だったのかも。

6:40(メキシコ時間15:40)成田空港着陸
飛行距離は14000kmを超えていた。14時間40分の飛行。ほぼ定刻だった。

検疫はサーモグラフのようなもので通過して行く人の顔の体温測定をしていたようだ。
入国審査は機械を通してパスポート写真との顔認証でパス。記念に入国スタンプをもらう。
税金のかかるものは持ち込んでいないので以上で日本に入国。
ツアーの人達とはここで流れ解散となりお別れ。

7:37京成線成田空港発⇒日暮里⇒新宿⇒9:50登戸
土曜日だったので電車は空いていて助かった。15時間も座っていたのでずっと立って乗車。

10:00帰宅。
日食ツアーはこれにて成功裏に終了。
荷物を解いて洗濯したりして早めのお昼。帰国後の最初の食事は何にするか。冷蔵庫は空っぽ。
インスタントラーメンにした。サッポロ一番しょうゆ味。ワカメを多めにぶち込んで食べた。しょっぱくて超ウマく感じた。一袋80円程度でこのウマさは侮れない。インスタントラーメンは和食である。

肝心の帰国後の時差ボケはどうだったか。
元消防団員ハギワラ君の経験談によると西回りで帰国すると時差ボケはすぐ解消するらしい。昼に寝てしまうと夜眠れなくなるから我慢して起き続けて時差ボケ対策する。
21時頃就寝。

翌日4:30起床
頭はスッキリしている。以降夜まで眠くなることは無く通常の日本の生活に戻れた。1週間程度では完全に現地時間に体が慣れないまま日本に戻ってきたので時差ボケが起こらなかったのだろうか。

| | | コメント (0)

2024年4月28日 (日)

8日目 メキシコ市内観光と帰国準備

2024年4月11日(木)8日目

6:30起床
今日も晴れている。これでメキシコ内で雨に降られることは無くなった。

7:30ホテルのレストランで朝食
午前中はフリーなので近くを散策に出かけた。
配布された地図を見て近くに日本大使館跡とアメリカ大使館があるのでついでに見に行く。
P50_20240411_234015
日本大使館跡
現在は同じ通り沿いの数ブロック東に離れた場所に移転。
アメリカ大使館前には何らかの手続きのための長蛇の列があったので写真は撮らずに通過。

朝の出勤時間
P50_20240411_234335
自転車通勤風景
車道、自転車レーン、歩道と完全にセパレートされている。渋滞して動かない車の横を自転車がすいすい走っていく。排気ガスで空気は悪い。

チャペルテペク公園
P50_20240412_011410
中央にしいたけが写っている。
今回持ってきたウィンドブレーカー、半袖服は町乗り用の自転車ウェアを使用、靴は工事用のつま先プロテクトの入った自転車に乗る時はくスニーカー。靴下も自転車用の速乾靴下。自転車乗車時に使うウェストバッグ。サングラスも自転車用。週末自転車ばかり乗っているのでこの5年で自転車用のウェア以外は買った記憶がない。
さらに今回は出番が無かったが自転車キャンプツーリング時代から3度の日食旅を共にしている折りたたみ傘。

12:10ホテルで昼食
昼食前に現地スタッフからアエロメヒコ航空の成田便の混乱の話があった。
4月上旬のメキシコ路線は、イースター休暇+中南米からの桜目当ての訪日旅行で例年ピークシーズンであることに加え、今回の皆既日食の団体が集中したことで、アエロメヒコ航空のオーバーブックがひどいらしい。キャパシティの130%で予約を受け付けていた模様。

2日ほど前から空港に行っても搭乗(帰国)できない日本人グループが複数出ているという。このため現地スタッフが全員のパスポートを預かって空港に向かい航空券の発券をしてもらうことになった。

帰国してから調べたところ定刻00:25メキシコシティ発 ⇒ 06:20(日本時間)成田着であるが

10日 10:06発 ⇒ 15:33  出発9時間半遅れ!!
11日 06:26発 ⇒ 11:47  出発6時間遅れ!!

と大幅に遅延していた。先に書いたアエロメヒコ航空のオーバーブッキングが大量に発生したことによる混乱らしい。11日の便では日本の30人のツアー客のうち15人が予約していたが席が取れず帰国できなかったそうだ。

13:00ホテル出発
今日はメキシコシティ南部にある水郷地帯ソチミルコで船に乗り中心部のソカロ広場を散策して夕食を食べて空港に向かうコース

14:40ソチミルコ着
P50_20240412_054746
ハデハデののボートがぎっしり係留されている。乗船するためには先頭の船までゆらゆら揺れる船の上を渡って行かなくてはならなかった。
船の動力源は一人の船頭が操る竿。川底に突き刺して船を押して進む。対向して来る船があるとわざと側面をぶつける行動をとる。サービスらしい。

マリアッチ楽団
20240412_055938
途中で待機していたマリアッチ楽団が船に乗り移って来て演奏と歌を披露。前に3人と後ろに3人。
中央の大きなギターのような楽器の名前をガイドさんに聞いていた人がいたが「知らん」とそっけない回答だった。それで良いのか?
4曲演奏が終わって楽団の去り際にガイドさんと演奏料金の金額交渉でもめていた。4曲演奏なのに5曲分請求されたとか。こういうことは当り前の世界。

15:40ソチミルコ出発
全員のパスポートを持って空港に向かったスタッフから連絡があり、パスポートの持ち主本人が来なければ航空券は発券されないらしい。
予定を変更して空港に向かうことになった。
バスの運転手は予定外の移動で別料金を払えとゴネたようだが在メキシコ50年の百戦錬磨のガイドさんに「料金は払ってもいいがチップは減らすぞ」といさめられ渋々空港まで運転したようだ。料金は会社に行くけどチップは自分の懐に入るからね。

16:50メキシコシティ国際空港到着
成田行き航空券の発券を受けチェックインを済ませる。これで全員予定通り帰国できる。

17:30空港出発
18:00ソカロ広場(世界遺産)見学
P50_20240412_092645
メトロポリタン大聖堂
ここも地盤沈下が激しく左右の塔が逆側に傾いていた。

P50_20240412_092609
国立宮殿
独立記念日にはソカロ広場に5万人以上が集まり金色のテラスに大統領が登場し上の階に見える鐘を鳴らすらしい。

メキシコねこ
P50_20240412_093514
メトロポリタン大聖堂の裏庭にたむろしていたメキシコねこ。
世界遺産の大聖堂にいるからこのねこも世界遺産なのか。カメラ目線ありがとう。
これがメキシコでの最後の写真だった。

18:40ソカロ広場出発
19:30市内レストランで夕食
20240412_103036
メキシコ最後の食事であるが、この牛肉のステーキは柔らかく味付けも良くウマかった。(ハギワラ君撮影)

再びマリアッチ登場
20240412_110331
ここでもマリアッチの演奏を聴く。(ハギワラ君撮影)
すぐ近くで演奏されるので気が気ではない。
日本人団体客が来ると「川の流れのように」を歌うのがお決まりのパターンのようだ。
楽団が被っている帽子がソンブレロ。おとめ座のM104銀河の愛称だけどちょっと形が違う気がする。

20:30レストラン出発

21:10ふたたびメキシコシティ国際空港着
ここで7日間行動を共にした現地ガイドさんとバス運転手とお別れ。今日2回も空港まで連れて来てくれたバスの運転手さんにさりげなくチップを渡した。

メキシコでの出国時の手荷物検査は厳しくズボンのベルトも外させられた。
さらに搭乗ゲート前では機内持ち込み荷物の再検査がありキャリーバッグを開けて中を調べられた。さらに全身をペタペタとボディチェック。ここでは空港職員ではなく海軍の軍隊が対応していた。成田とは大違いの厳重さ。
何もやましいものは持っていないので無事にパス。
出発は定刻であれば12日0:25の予定。ここで数時間待たされたら大変なこと。大幅な遅延がありませんようにと祈る。

| | | コメント (0)

土星 2024/04/26

3:30起床。
良く晴れています。南の空低くに月齢19過ぎの月が光っていました。
3月1日に合となった土星が日出前の東の空に見え始めてきたので今シーズンの初撮影をしてみました。
お隣のエアコンはすでに24時間連続冷房運転に入っているようで今朝も元気にファンが回転して心地よい振動を送り届けて来ています。3月下旬まで暖房運転していてもう冷房運転に切り替えてるってどんだけ快適温度領域の狭い人なんだろう。
Sat_202404271938_3
4月26日04時38分  D=180mm、F=2700mm、2.5×パワーメイト、ADC、Uranus-C、SharpCap 4.1、20ms、Gain=530、8000フレームを60%スタック、RegiStax 6でWavelet処理

初物の土星です。
7インチ鏡筒を使うのは3月22日のボケボケ木星の撮影以来。
土星は日出時でやっと高度20度程度。初めは直焦点で撮影練習をした後、高度の上昇と空の明るさとの兼ね合いを見てギリギリの時間で拡大撮影に入りました。
今日は低空の割には気流が落ち着いていたようです。それでもカッシーニの隙間が見えていないです。
来年の輪の消失に向けだいぶ細くなりました。その分暗くなっているので撮影が難しくなります。このあと6月下旬ころが今年の一番細い輪の状態となります。そのころには高度が40度を越えてくるのでもっとましな姿が写せると期待。

| | | コメント (0)

2024年4月27日 (土)

7日目 メキシコシティに戻る

2024年4月10日(水)7日目

7:10起床。
朝食は7時からだったのでちょっと寝すぎた。高級ホテルではあるが眠りに落ちてしまえば意識が無くなり自転車キャンプツーリングのテントの中の眠りと大差がないのが悲しい。僕には贅沢すぎだ。

7:30ホテルのレストランで朝食
高級ホテルだけにバイキングではなく一皿ずつ給仕してくれる。フルーツもウェイターが指定したものを取り分けてくれるのだが頼みのパイナップルが2切れしかもらえなかった。フルーツだけは好きなだけ取れるバイキングの方が良い。ガッカリ。
メニューは卵料理で「オムライス」「スクランブルエッグ」「目玉焼き」からの選択で「目玉焼き」をチョイス。
卵2つの目玉焼きが出てきた。メキシコは巨大な養鶏場が多く卵が安い。この朝食の利益率は相当なものだ。

9:00サカテカス出発
Map20240410
今日はサカテカスから一気にメキシコシティまで650kmほど走る。東京から高速を使って岡山あたりに行く距離に匹敵。
途中で街並みのきれいな世界遺産のグアナファトの街を観光する。

11:00アグアスカリエンテでトイレ休憩
20240411_020022
この町は日系企業の工場などが進出していて、特に日産自動車の大きな工場がある。ハイウェイで何台もの自動車運搬ドラックにであった。トラックはアメリカ大陸仕様で2両連結が殆ど。12台以上の乗用車を積んでいる。

11:30昼食
ハイウェイわきにある本場のタコスレストランに入る。
P50_20240411_023640
レストランの前では豚のいろんな部位が謎のタレに漬けられデカい鍋で煮込まれている。ここから食べたい好きな部位をお盆にとって行く。

P50_20240411_024036
選んだ部位を店内の秤で重さをはかって料金を算出。その後お姉さんがデカい鉈のような包丁でザクザクと裁断してぶつ切状にしてもらう。
それを薬味(辛い)と一緒にトウモロコシの生地で巻いて食べる。コーラと相性が良かった。
日本でタコスを食べたことが無いのでこれが本場といわれても違いが分からなかった。でも肉はしょっぱい系でウマかった。

テキーラ畑
20240411_034206
南下するにつれて畑が多くなってきた。所々道路の両側にサボテンの畑のような光景が広がる。ガイドさんによるとテキーラの原料となるアロエのような尖った葉のリュウゼツランだそうだ。この畑のリュウゼツランはまだ小さく、植えてから10年くらいたたないと収穫できないとか。
テキーラは特定の地域で栽培されたリュウゼツランの根から作られたものにしか命名権がないとか。

14:10グアナファト着
グアナファトという地名は「カエルのいる場所」という意味だそうだが高地で乾燥していてカエルはいないとガイドさんは言っていた。
ここも銀鉱山で栄えた街。
P50_20240411_054612
マイクロバスに乗り換えて街を見下ろすピピラの丘からグアナファトの町並みを眺める。
オレンジ色の屋根、黄、白、水色の壁などカラフルな街並み。中央の黄色の大きな建物は教会、その向こうは大学。

丘からケーブルカーで下った後、市街地を散策。
P50_20240411_060442
露店の民芸品屋でお土産物色中の元消防団員ハギワラ君。
日本でスペイン語で価格交渉の文章をメモって来ておりこのお姉さんにぶつけるとまとめ買いで少しは値引きしてくれていた。

P50_20240411_061725
丘から黄色く見えていた教会の中。ミサが行われていた。ストロボ、三脚を使わなければ撮影OK。

P50_20240411_063006
口づけの小道と呼ばれる名所。
命名の逸話をガイドさんが説明してくれていた。左右の家が接近していて両家の若い男女が恋に落ち2階のテラス越しにナニを・・。以降忘れた。

イダルコ市場
P50_20240411_064818
国鉄の駅舎の予定で建築された建物の中は目的通りに使われずマーケットになっていた。
この店は果物、野菜を売っているが上には衣類や帽子、バッグも置いてある。

P50_20240411_065821
メキシコ独立戦争のときは要塞として使われた穀物貯蔵庫跡。現在は博物館になっている。上の白い壁にある黒っぽいシミは当時の銃弾の跡。
ここでの勝利の後独立運動は一気に盛り上がっていったとか。

ここには建設工事現場から昔埋葬された人のミイラが大量に出てきて大騒ぎになったそうだ。乾燥地帯なので遺体を埋葬すると腐敗せず干からびてミイラになるらしい。当時の市長の発案でそれを展示するミイラ博物館なるものを作って公開しているそうだ。が、ミイラは見なくていいかな。

16:30グアナファト出発
もう夕方だがメキシコシティまでまだ380kmも残っている。
途中2回のトイレ休憩をはさんでひたすらハイウェイを走行。途中で日が暮れて夜となる。バスの窓からシリウスが明るく見えていた。
Chart_1
シリウスの下に明るい星が見えていた。この空域で明るいのはカノープスなのだが見える方向がちょっと東寄りだったので確証が持てなかった。帰国後星図ソフトでメキシコシティの空を表示してみるとカノープスであったことは判明。神奈川では南中時に地平線すれすれにしか見えず大気の減光で赤っぽく見えるのだがメキシコシティでは高度18度くらいあって白く明るく輝いていた。

21:40メキシコシティ着
メキシコの初日に泊まったプラザ・フローレンシアに宿泊。
もともと夜遅い到着予定であったので夕食は市内の日本料理屋から仕出しのお弁当が配られ部屋で食べた。
20240411_130701
久しぶりの和食。パリパリの海苔でおにぎりにして食べる。しっとりとしたご飯がウマい。唐揚げに醤油をかけて食べる。しょっぱくてウマイ。きゅうりの漬物。パリパリしてウマイ。なぜか枝豆。ウマイ。日本食最高!

| | | コメント (0)

2024年4月26日 (金)

6日目 サカテカスに移動

2024年4月9日(火)6日目

6:00起床
今日も晴れ。昨日の強風は収まっていた。日食観測も終えてツアーは帰国に向けて後半に入る。

7:00朝食
バイキングの朝食が日常化してしまってこの日何を食べていたのか記憶が全く残っていない。甘いオレンジジュースとパンにバターを塗って食べたのは確実。

8:00出発
Map20240409
900km以上彼方のメキシコシティにバスで戻る行程の1日目。
今日は午前中に290km先のサカテカスのホテルに荷物を預けて市内観光の予定。

10:00ガソリンスタンド休憩
P50_20240410_010252
OXXOという看板の建物はいわゆるコンビニ。メキシコ国内では最大の店舗数を誇り都市部にもいっぱいある。ハイウェイ沿いのガソリンスタンドには常に併設されている。トイレはコンビニ内を利用するわけではなく専用のトイレが設置されている。ここの利用は無料だった。
ガソリンは1リットル23ペソほどなので日本に比べ高い。というか日本は2年以上にわたって国が補助金をばらまいて安く抑えている。この政策は正解なのか?。まだ継続するらしいがガソリンを消費しない人にとっては恩恵がない。などと異国の地で思ったりする。

P50_20240410_003407
途中から往路と違う道に入るが相変わらずの荒野風景を眺めながら走る。時々荒野の彼方に小さな街並みが見えたりする。どういう生活を送っているのであろうかと思う。
今日も陽が昇って気温が上がり始めると西風が強まってホコリっぽくなってきた。

12:00サカテカスのホテル到着
早めのチェックインをして荷物を置いてからレストランの昼食と市内観光に出かける。
道が細いためチャーターしたマイクロバスに乗り換えて移動しすぐに到着。

13:10市内のレストランで昼食
スープ、メイン。デザート、コーヒーのコースで時間が長い。

14:30サカテカス市街見物に出発
P50_20240410_053822
レストランから歩いて歴史地区(世界遺産)を散策する。
スペインが征服して植民地化されて以降の市街地が世界遺産。建物はヨーロッパ的。銀の鉱石が発見されて以降鉱山都市として発展したそうだ。銀が出なければ原住民が暮らす荒野の町のままであったか?
正面の2つの塔を持つ教会はサカテカス大聖堂。その上に見える丘がこれから向かうブーファの丘。

サカテカス市街地を見下ろす
20240410_062024
市街地からチャーターのマイクロバスでブーファの丘(標高2600m)までバスで上ってサカテカス市街地を眺めた。
猛烈な西風が吹き抜けていた。ふもとからのゴンドラがあるが強風で運休中。空中でゴンドラが大きく揺れていた。
ZACATECASと書いてサカテカスと発音。Zは発音されない。文字の前にいるのは元消防団員ハギワラ君。右からの暴風に耐えるため体を傾けている。

P50_20240410_063258
サカテカスの市街地。道は細くごみごみしている。遠くは強風で巻き上がったホコリで霞んでいる。

16:10ホテル着
到着してから元消防団員ハギワラ君と土産物探しに町に出て見た。道路わきの露店で民芸品を売っている通りを歩いてみたがこれといったものが無く戻る。
このホテルに日本の団体客宿泊するのは稀とのことで闘牛場であった中庭に夕食のテーブルがセッティングされていた。さすがに風があって夜は気温が下がって料理がすぐ冷えてしまうので添乗員さんから丁重にお断りしたようだ。

18:30夕食
20240409_20
炭酸水70ペソ。コーンポタージュスープ、サーモンのムニエル、デザートのケーキとコーヒー。すべてウマかった。
ここのコーヒーは熱くて濃かった。さすがに高級ホテル。コーヒーにミルクが付かないのは相変わらずだったが濃いコーヒーだったので誰かがミルクを注文するとポットでミルクが運ばれて来た。ある人がミルクだけ飲んでいるのを見てレストランのウェイターは笑っていた。

キンタ・レアル・サカテカス
P50_20240410_034215
世界遺産サカテカス歴史地区の中心部にあり、19世紀の闘牛場を改装した高級ホテル。
写真は中庭となっている闘牛場の跡。その周りぐるりと客室。闘牛場の左上のアーチ構造物は水道橋。

P50_20240410_033738
とにかく雰囲気、設備、料理ともに良いホテルであった。
全身を伸ばして浸かれるほどの大きなバスタブがあった。お湯を張ってゆったりできた。

| | | コメント (0)

2024年4月23日 (火)

5日目 皆既日食を見ることに成功する

2024年4月8日(月)5日目

5:30起床。
いよいよ日食当日。晴れだが高い所の雲が流れていた。
出発が早いのでホテルでの朝食は抜きで観測地に到着してから摂ることになっていた。昨夜購入したチョコレートとカロリーメイトチョコ味を一箱食べて出発準備する。
肌寒さを感じたのでウィンドブレーカーを羽織る。

6:30ドゥランゴ出発
20240408
昨日説明変更された通り当初の観測地トレオンはあきらめてR40で西に約100kmの第2観測候補地に行って日食観測をおこなう。
トレオンではレストランの一部を借り切って観測する予定だったが前日の午後キャンセル。キャンセル料取られてるんだろうなあ。第2観測候補地には予約金を払って押さえていたらしい。何かと経費が掛かっている。

P50_20240408_221920
ドゥランゴ市街を抜けて西に進むと次第に標高が上がって山岳地帯にはいっていく。それにつれサボテンと灌木の原野の風景が松のような針葉樹の背の高い木の森に変化した。さらに西に進むとメキシコの太平洋側と大西洋側を分ける中央分水嶺となる。僕たちはずっと大西洋側を旅していたのだった。

7:50観測地サンタイザベル到着
北緯23度59分、西経112度12分、標高2470m
高い所を薄雲が流れているが晴れ。高地のため日差しがあっても風が冷たく感じウィンドブレーカーは正解だった。
ここは牧場とレストラン。ログハウス、何らかのアクティビティを提供する観光スポットのようだ。

観測準備
P50_20240408_235351
まずは観測器材のセッティング
南側は牧場で数頭のウシがいた。高地で気温が低く乾季で乾燥しているため牛のフンもカラカラ乾いて匂い無し。虫も(サソリも)いなかったので環境は良かった。
後ろは国道40号線でハイウェイではないが左から来る車は下り坂の直走路で100km/hくらいでぶっ飛ばしてくる。でも交通量は少なく気にならない。ちょうどコロナビールの輸送トラックが通過中。ちなみに皆既食前後は交通量ゼロとなった。ドライバーはみんな車を止めて眺めていたんじゃないかな。皆既食滞にいて黒い太陽を見ないなんてありえない。

僕は観測といっても肉眼と双眼鏡で皆既食を楽しむだけ。皆既食開始、終了時刻は皆既日食観測が趣味の添乗員さんのパソコンから秒読み
音声が報じられるので安心して双眼鏡で皆既中の太陽を眺められる。
この頃が一番空の状態が良かった。

9:40朝食
一通り観測場所でセッティングした後レストラン(オープンスペースで風が冷たい)で遅い朝食となった。牛肉の入ったスープは暖かくてウマかった。オレンジ生ジュースは相変わらずの味。

10:54:01日食始まる
202404081
上空は相変わらず薄雲が周期的に太陽にかかってくる状態。
欠けていく行く様子を日食眼鏡で時々確認する。欠け始めから皆既まで1時間20分弱だがどんどん欠けていく。
カメラの設定をオートから露出、ISO、絞り固定にして暗くなっていく様子を撮影してみた。上から皆既18分前、7分前、3分前。
カメラで撮影するとずいぶん暗くなっていくように写るが実際の見た目は一番下の状態でも十分明るく文字も読める。暗くなるというより色彩が無くなっていく感じ。見上げると大きくかけているはずなのに太陽は眩しい。
光が弱まるにつれ気温が下がって寒さを感じる。日除け用に被っていたタオルをマフラーとして使う。半袖ではきっと耐えられなかっただろう。

12:12:35皆既となる
P50_20240409_031136
皆既1分前からの劇的な空の光の変化に今回も圧倒される。スーッと光が失われ一気に暗くなっていく。来るぞ来るぞッという感じ。
30秒前くらいから地面にシャドーバンドを確認。西の空は月の本円錐で真っ暗。やがてダイヤモンドリングとなって皆既に突入。
見上げると暗い空に銀色のリングが音もなく浮かんでいる感じ。
残念ながら薄雲越しとなったが黒い太陽とコロナ、プロミネンスを見る。双眼鏡で見るプロミネンスのピンクの輝きが実にきれい。
この場所での皆既時間は4分23秒間と長くコンデジ(広角28mm)でコロナを撮影する余裕があった。
写真は少し加工しているけれど肉眼ではこんな感じだったと思う。太陽の縁はコロナで白く飛んでいるけれど数か所にピンクのプロミネンスが見えていた。

金星
P50_20240409_031303
太陽の右に金星がポチっと写っている。離角は15度ほど。
左には木星も見えていたが範囲外。
露出を長めにしたので外側に広がるコロナも写っている。太陽活動極大期なので円形に広がっている。

日食夕焼け
P50_20240409_031503
皆既中の南の空
松の林があって地平線は見通せなかったけど木々の隙間から皆既食帯外側の光が差し込んで夕焼けのようにぐるっと取り囲んでいた。これも幻想的。

12:16:58皆既食終わる
P50_20240409_032947
4分間なんてあっという間。「あと1分」の音声を聞いてからは何もせず双眼鏡で皆既中の太陽を眺めるだけにした。
皆既終了の秒読みを聞きながらギリギリで双眼鏡から目を離してダイヤモンドリングを見る。皆既が4分あって暗順応した目に月の谷間からこぼれだす最初の太陽光が鮮烈。月の周囲にはまだ円形にコロナが見えていてまさにダイヤモンドリング。
でも次の瞬間には太陽光は強まりあっという間に昼の明るさを取り戻していく。もう終わってしまった。

少ししてから地面に白い布を広げて木漏れ日で日食を投影していたので撮影させてもらった。まだ9割近く欠けている深い部分食なのだけれど皆既食前後の美しさを見た後では単なる部分日食としか思えなくなる。

13:35:13日食終了
撤収作業。西風が強まってきた。

14:10サンタイザベル出発
これで皆既日食は2勝1敗と勝ち越しを決めて来た道をドゥランゴに戻る。針葉樹林の風景がサボテンと灌木の原野に戻る。日食が終わる前から強くなってきた西風は荒野から砂塵を巻き上げてドゥランゴ近郊では空が茶色くなる。

15:30ドゥランゴのホテル着
観測に使った荷物を降ろし身軽となる。

15:50市内観光と夕食に出発。
P50_20240409_071420
ドゥランゴの中心地。カテドラル大聖堂。どの町に行っても教会が町の中心。ちなみに仏教の寺院や鳥居を見ることは無かった。
町の名前のオブジェの前で全員の記念撮影をした。
街中も強風が吹き荒れて帽子を吹き飛ばされる人もいた。

16:40観測成功の乾杯と夕食
P50_20240409_074922
コロナビール
観測成功の乾杯だからね。一口だけ飲んでスプライトに切り替えた。
遅い朝食の後昼間は観測で昼食抜きだったので17時前からレストランでの夕食となった。ここの料理はおいしかった。サーモンのカルパッチョ。パンにはさんで食べた。ウマかった。チーズ嫌いでもピザはウマかったが量が多すぎて残ってしまったのが残念。やっぱり最後はデザートのケーキとコーヒーで閉めて19時に退店。

当初の予定通りトレオンに行った場合はドゥランゴに戻るのが深夜になる可能性もあったので観測地変更は行程的にもずいぶん楽になった。

19:30ホテル着
皆既日食を見て脱力したのか何かすごく疲れてしまってシャワーを浴びたら21時過ぎには寝ていた。

| | | コメント (0)

2024年4月22日 (月)

4日目 ドゥランゴへ移動

2024年4月7日(日)4日目

6:20目覚める。爆睡していた。
今朝も快晴。元消防団員ハギワラ君はすでに起きて着替えも済んでいた。
今日は昨日よりも長距離を走ってドゥランゴまで行くので朝食は6:00からだったのですぐにレストランに向かう。
またしてもバイキングの朝食・・・。
パンにバターを塗ってコーヒーを飲む。パイナップルに救われる。

8:00サンルイスポトシ出発
Map20240407
途中にあるサカテカスのレストランで昼食以外はトイレ休憩だけでひたすら走った。

荒野の風景は日本ではお目に掛かれないので見ていて飽きは来なかった。場所場所で石灰岩地帯になったり赤い地面になったり岩だらけになったり変化する。メキシコでは石灰の生産も盛んらしい。
P50_20240408_000445
街を出るとすぐに荒野の風景となる。手前に低い灌木があり奥にはウチワサボテン、山の上の方には柱のようなサボテンが生えている。


自転車乗りを見る
P50_20240408_001012
今日は日曜日で地元のサイクリストが繰り出していた。
一応ハイウェイということになっている荒野の中の一本道でエスケープルートは無い。すでに標高は2000m以上だがこの先緩いだらだらの上り坂で2500mくらいの峠を越えることになる。どこからスタートしてどこまで行くのだろう。身軽なロードバイクで走っているが峠まで途中頼れるガソリンスタンドも民家も無く水や食料を補給できる場所はどこにもない。トラブった時どう対処するのだろうか。チャレンジャーだと思う。

西部劇の舞台のような
P50_20240408_001327
ガイドさんによるとジョンウェイン出演の西部劇映画はこのあたりで撮影されたと話していた。確かにそんな雰囲気。

9:30ガソリンスタンドでトイレ休憩
P50_20240408_002657
ここはおじさんがトイレ料金を徴収していた。
ガソリンスタンド裏にいたカラスのような鳥。飼われているのかおとなしい。標高が2000m以上ある場所で飛べるので日本の都市に住むカラスに比べ身体能力は抜群に良いと思われる。

中央高地を移動して立ち寄ったトイレで1回だけ大のを使ったことがある。有料なのでトイレットペーパーは備え付けられているが使用後の紙は便座わきのボックスに捨てる仕組みのようだった。ガイドさんに聞くと標高が高く水圧が低いので紙を流すと詰まることがあるためとの説明だった。さすがにホテルではそれは無かった。

11:30サカテカス市街のレストランで昼食
一旦ハイウェイを離れてサカテカス市街の細い道をぐるぐる回ってレストラン前で我々を降ろしてバスはどこかへ走り去った。
P50_20240408_032724
またもやバイキング方式。
我々は昼食を食べに入ったのだがレストランはまだ朝食時間とのこと。スプライトを注文。日本と同じ味。魚のフライとパイナップルがあったので助かった。あとはパンにバターを塗ってコーヒーで閉めた。
レストラン内ではギターの弾き語りを聞かせていた。席が近くて慣れていないので気になってしょうがない。
食事を終えて外に出ると店長が記念写真を撮るとのこと。日本人団体が来店したのは初めてだったようだ。

サカテカスを出発するとドゥランゴまで休憩なしの走りとなった。途中ガソリンスタンドでトイレ休憩の予定だったが1か所は小さなトイレしかなく団体利用を断られ、もう一か所は潰れていたらしい。
バスにはトイレが備わっているので問題ないが使っている人はいなかったようだ。みんな寝ていたのかな。

天気悪化
P50_20240408_054740
15時過ぎドゥランゴが近づくにつれて上層雲の量が増して来て青空が無くなってきて不安がよぎる。
ここで日本から同行している添乗員さんから明日の観測地について提案があった。道中頻繁に気象情報を収集していたがドゥランゴから北東方向250kmにある当初の観測地トレオンの予報が良くないらしい。前年の下見で事前調査でドゥランゴから西に100kmほどの第2候補の牧場に観測地を変更する提案を受けた。ドゥランゴを拠点に皆既食滞内に東西5か所の候補地を調査しておいたらしい。

日本の旅行業法ではツアーで配布されている旅のしおり通りの場所にツアー客を案内しないと法律違反になるらしい。でも紛争や災害の非常事態に巻き込まれた場合は例外だそうだ。
このツアーは日食を見ることが目的なので悪天候で見えないのは非常事態に相当する。日食が見えない場所に連れていかれるよりは晴天の可能性の高い場所に変更してもらった方がありがたいので満場一致で観測場所変更を受け入れた。
天気が相手の日食ツアーの添乗員さんは大変である。また少人数のバス移動というのも観測場所変更が可能な融通の良さがあった。

16:30ドゥランゴのホテル着
P50_20240408_075256
ミッション・エクスプレス・ドゥランゴ
この部屋に連泊する。ドゥランゴは皆既帯に含まれているのでホテルでも皆既継続時間3分48秒の皆既食を見ることができるが明日はここからもう少し条件の良い観測地まで往復することになる。
部屋は1階だった。バスタブは無くシャワーのみ。

部屋に荷物を置いてすぐに買い物に出かける。5分ほど歩いたところにウォルマートがあった。新年会に集まるメンバーのお土産にフィルター式のドリップバッグコーヒーを探していたがメキシコではそのようなものは生産されていのか販売されていなかった。そもそもドリップ方式は100℃近い熱湯を使って蒸らしてから抽出するので標高が2000m近くある中央高地の都市では水の沸点が低くて温度が低くうまくドリップで抽出できないのかも。
メキシココーヒーは挽いたコーヒーの粉を鍋で煮だしてフィルターで濾して作るそうなのでドリップバッグ式なんか使われないのでは。
せっかく来たのでカカオ70%のチョコと水を買って帰った。チョコはウマかった。

18:00ホテルのレストランで夕食
写真もメモも取らなかった。飲み物も何を頼んだのか忘れてしまった。お決まりのスープ、メインディッシュ、デザートとコーヒーの流れだったと思う。食事は残さず完食はしていた。

ホテルに無料のランドリーコーナーが設置されていたので夕食後最初で最後の洗濯をする。場所を聞いて行ってみると洗濯機は1台だけ。先客が2組あった。
標準コースで洗濯すると60分かかるようだが設定すれば短縮コースもある。でも先客(メキシコの若い人)は何も考えていないのか標準コースで洗濯していたので1時間半以上待つことになる。順番をキープするため元消防団員ハギワラ君と交代で部屋にシャワーを浴びに行き洗濯機が空くのをひたすら待った。
僕たちは短縮コースでおこなったが洗濯が終わったのは21時過ぎだったか。明後日の出発までに乾けばよいので乾燥機は使わず部屋干しで済ます。
泊っているホテルではランドリーサービスもあるのだが朝出して夜には受け取れるなんて日本的勤勉さは無い。しかも日曜日はサービス無しらしく使いものにならない。日本にいると気付かないがサービスは安くて質が良いことに慣れているので海外に出ると不便を感じてしまう。たぶんメキシコが世界標準に沿っているんだと思う。

| | | コメント (0)

2024年4月21日 (日)

羽村のチューリップは終わっていたこと

5:30起床。
どんよりではありませんが曇り空。でも雨は夕方以降の予報なので自転車で出発します。
1ヵ月ぶりの走行なので一定ペースで距離を走ります。

6:40出発~多摩川CR~府中四谷橋~浅川CR~万願寺歩道橋~浅川CR~多摩川右岸~多摩大橋~多摩川CR~羽村~根がらみ前水田休憩~草花丘陵あたり周回~羽村~多摩川CR~多摩大橋~府中四谷橋間周回して12:50帰宅。

久しぶりに多摩川CRを走ると変化に気付きます。

花の季節は終わって新緑の季節に移行していました。
多摩川原橋の左岸上流側のCRが府中市との境まで拡幅されていました。でも路面状態は以前よりフラット感が無くなっていました。

橋完成
P50_20240421_074611
浅川左岸と多摩川右岸の合流点で間を流れる根川を越える橋の建設工事は終了していましたが橋は通行止めとなっていました。ガッカリ。

日野橋では仮橋への道路取り付け工事が始まっていました。

福生市の多摩橋下流の河川工事も終わって多摩橋のアンダーパスが再開。迂回せずに羽村に行けるようになっていました。

根がらみ前水田
P50_20240421_084444
根がらみ前水田のチューリップ畑は球根採りのために花が切り落とされていました。
切り落とし作業の後に開花したチューリップがまばらに咲いているのみ。ガッカリ。

1ヵ月のブランクでヘタレていると思われましたがメキシコ日食高地ツアーの効果が残っているのかあまりハアハアすることも無く意外と走れました。でも心肺機能は強化されていたようですが足が弱くなっていたようでプラスマイナスゼロです。
連休の頃には効果も消えてしまうと思われ、このあともじっくり走り込まないといけません。

走行距離:125km

| | | コメント (0)

3日目 サンルイスポトシへ移動

2024年4月6日(土)3日目

6:30(6日21:30)起床。
部屋から見えるメキシコシティの空は今日も快晴。
ホテル備え付けの目覚まし時計は壊れていたが目覚まし無しでこの時間に起きれた。夜中に1度目が覚めたものの疲れと睡眠不足で熟睡できて頭はかなりスッキリしている。昨日は苦戦したが出発時から準備した時差対策が効いてきたか。

7:00朝食
バイキング形式。初めて見る料理ばかりでまずは食べてみないと味がわからないので少しずつ取ってお試し。
白身魚のフライはイケる。トリは塩味ならイケそうだったけど茶色の甘系のたれで煮込まれていて今一つ。スクランブルエッグっぽいものは普通。醤油をかければもっとウマくなるはずだが。
パンにバターとコーヒーでおなかは膨れる。
オレンジジュースは今一つ。生ジュースなのだろうけど酸味が無くオレンジ風味の甘い汁だ。つくづく日本のミカンは最高だと思う。
フルーツはパイナップルが一番ウマい。次はキウイで酸味が強い。スイカは水っぽく甘みが少ない。マンゴー、アボガドは国内でも食べたことが無かったがおいしいとは思わない。この後フルーツはずっとパイナップル一択だった。
レーズンは気候が乾燥しているためか噛めば噛むほど甘みと酸味が出てウマかった。

8:30ホテル出発
Map20240406
いよいよ皆既食帯に向けて出発。今日はメキシコシティから中央高地を走るハイウェイでドゥランゴまでの中間点サンルイスポトシまでの移動。ずっと標高2300m~1800mの高地を走り続ける。時々ハイウェイを自転車が走っていたりしてびっくりする。

P50_20240407_052714
荒野を走り続ける
車内からの撮影だけど窓にスモークがかかっているのでダークフィルターをかけているのと同じで暗く写る。外から見ると車内はほとんど見えないので手を振っても気づかれない。
土曜日でも渋滞気味のメキシコシティを抜けるとバスはハイウェイに入って快走を始めた。周辺の風景は一変。初めのうちは広い畑(トウモロコシだそう)が広がっていたが雨季の前なので緑は無く見渡す限りの荒野の風景となった。
標高が高い上に降水量が少なく山に高い木は存在しない。また河川というものをほとんど見ないので橋も無い。まばらに低い灌木とサボテンが生える荒野の風景が延々続く。たまーに牧場なのか牛か山羊がいたりするが牧草が生い茂っているわけではなく荒野に野良牛がいるような感じ。雨期になったら草原に変化するのだろうか。

この荒野にはガラガラヘビやサソリが生息しているらしい。ガイドさんもガラガラヘビに飛びかかられた経験があると言っていた。こんな場所で車を止めて灌木の影でおしっこしようものなら女性はお尻、男性は先っぽを嚙まれるようだ。恐ろしい。

10:30ドライブイントイレ休憩
P50_20240407_015311
ビーフジャーキーが名物と聞いたので買ってみた。130ペソ。
薄く作られていて最初せんべいのようにパリパリとした食感。やがてだ液と混ざりあって噛み続けると肉のうまみが染み出してくる。ウマかった。お土産に持ち帰るにはジャーキーは条件があるので現地のおやつとして消費。

12:00昼食
P50_20240407_030042
ハイウェイわきにあるガイドさんお勧めのビーフカツのレストランで昼食。
今回のツアーは朝昼晩すべて食事付きなので提供されるものをひたすら食べるだけ。
ハイウェイを走る大型トラック野郎にも人気といっていたが人気の決め手はボリュームにあるようだ。元消防団員ハギワラ君は完食したようだが他の方々は完食をあきらめていた。
店名のドゥランゴは店長がドゥランゴ出身だからだとか。

15:00テキーラ専門店トイレ休憩
P50_20240407_060707
お酒は興味ないけどレンガ造りのおしゃれな建物で雰囲気は良かった。
樽に書いてある99000という数字は99000時間眠らせているという意味らしい。11年ちょっと。
たぶんここに並んでいるのは空樽と思うが地階の岩盤をくりぬいた空間には本物があるようだ。

ハイウェイには所々に検問所のようなゲートがあって一旦停車させられる。アメリカへの不法入国を目指す密航者チェックのようでバスのトランクルームを開けてチェックされたりしていた。

16:00サンルイスポトシ市内
P50_20240407_072403
予定より早めにサンルイスポトシに到着したのでバスを降りて市内の歴史地区の中心地のアラメダ公園まで散策。電柱や電線が無いというのは街並みをきれいに見せてくれる。
正面の教会は右の塔が修復され左の塔はこれからのようだ。手前に土産物売りの店があるがごちゃごちゃと雑多なものが狭い場所においてあり店員は本当に全部の商品の価格を知っているのだろうか。
市内でよく見る光景だが木陰になっているベンチや階段などに座り込んでいる人がいっぱいいた。観光客もいるが現地の人が多い。平日の昼間なのに何もすることが無いのか。

16:50ホテル着
P50_20240407_095223
フィエスタ・イン・サンルイスポトシ・オリエンテ
昨晩のホテルよりも部屋が広くなった。このホテルには広めのバスタブがあったのでお湯にゆっくり浸かれた。日本人の体格でも苦労する成田の極狭ユニットバスとは比較にならない。でもお湯の出る量はちょっとづつなので貯めるのに時間がかかる。そもそも水が潤沢な土地ではないのでバスタブに浸かることは贅沢なのかもしれない。

今日はほとんどバス移動で体力的に回復できた。バスの中でうたた寝することも無かったと思う。日食に向けて体調を万全にしていかなければならない。

19:00ホテルのレストランで夕食
スープ、メインディッシュ、デザート、コーヒーのコースだったけどドリンクに何を頼んだのかメモさえ取っていなかった。食事に関してはとっくにあきらめていたのだろう。
でも白身魚のフライはイケた記憶が残っている。朝食のバイキングにあれば必ず取っていた。
今夜はホテルから買い物に出ることなく部屋でおとなしくしていた。
23時頃就寝。

| | | コメント (0)

2024年4月20日 (土)

自転車修理終わる

5:30起床。
バカ風は収まり穏やかに晴れていますが自転車が無いので走りに行けずガッカリ。
朝のうちに部屋の冬模様を夏模様に切り替え掃除などする。

10時自転車店に修理状況を確認すると修理完了とのことで1時間近くかけて徒歩で受け取りに行く。修理した日と同じように日差しがあって暑くて参った。
帰路は自転車に乗って爽やかさを感じつつ10分で楽々帰宅。やっぱり自転車は最強だわ。

さっそくスピードメーターの取り付けとフロントバッグキャリアを取り付ける。
午後からバッグを装着してツーリング仕様で多摩川CRに試走に出る。
P50_20240420_145539
修理はフロントフォークの交換だけで済みました。フレームの歪みは無かったみたい。手放し走行しても直進が安定していました。
写真ではフロントフォークが黒っぽく見えていますが実際はピカピカのシルバーに変わっています。今時クロモリの1インチ径コラムのフロントフォークの供給は少なく「白」が無かったそうで「ピカピカ」になりました。まあ色で走りが変わるわけじゃないので気にしません。
修理費は部品代+工賃で27000円ほど。

30km以上走ったのは3月17日以来1ヵ月ぶり。今年の桜シーズンを見ることはできませんでしたがこれでようやく日常が取り戻せます。

走行距離:36km

| | | コメント (0)

2日目 メキシコ近郊ツアーで早くもヘロヘロとなる

2024年4月5日(金)2日目
2日目だがメキシコとの時差は-15時間あるためメキシコ時間での4月5日を朝から過ごすことになる。
今日の行程は空港からバスでメキシコシティ近郊を観光をしてシティ内のホテルに宿泊する。12時間のフライトで空港に到着してやれやれと思ったところであと10時間は動き続けるわけだ。

飛行機から降りて長い通路を歩かされて入国審査。「観光、8日間」と英語で答えてパスポートにスタンプをもらう。
手荷物検査もパスして晴れてメキシコ国内に入国。ここで初めてツアー同行者、現地ガイドさん(日本人)と顔合わせ。総勢15人のこじんまりとしたツアーでした。ツアー期間を通じて各人から得た情報では若い人は30代1名、40代1名だけで平均年齢は高かった。

ここからの時刻表記はメキシコ標準時(日本時-15時間)

8:00(日本時間5日23:00)メキシコ観光の開始。
日本時間の深夜23時から行動開始。日食観測地までメキシコ内の移動の足となるバスに乗車。メキシコは右側通行なので席は右側に陣取る。
メキシコシティの人口は2千万人を超える大都市と聞いた。平均年齢も若く活気に満ちている。市内はまだ朝のラッシュ時刻でとにかくすごい交通量で渋滞。東京と比べ物にならない自動車の量。バイクは少数派。幹線道路には自転車専用レーンが儲けられていて電動アシストのレンタサイクルのステーションも各所にあって利用者もそこそこいるようだった。というか専用レーンが無いととても走れる環境ではない。当然右側一方通行で逆走する輩や歩道を走る非常識人はいなかった。

信号待ちで止まるとどこからかペットボトルを抱えたおじさんが現れ車の間をすり抜けながら売りさばいている。何らかの食料を売っている人もいる。歩道には露店が立って何やら地元民の朝食となるようなもの、ドリンク類を売っている。交通量が多くて大気汚染が激しい。

8:50グアダルーペ寺院
バスを降りると強烈な日差しにクラクラする。日食を見るにはベストな快晴の空。これが続いてほしい。4月までは乾季のため雨はほとんど降らないらしい。
P50_20240406_000314
メキシコシティは元々湖の中の島にアステカ帝国が築かれていた所をスペインが征服して滅ぼし、その後湖を埋め立てて作られた都市。そのため古い大きな建物はその重さのため地盤が沈んで傾いているものが多い。
正面の水色の富士山型屋根がグアダルーペ寺院。右側の塔を持つ建物はカメラが広角のため歪んで写っているのではなく実際左に傾いていた。いつか倒れるだろう。
敷地内散策中にハチドリとメキシコねこをみた。

一通り見学を終えてトイレ休憩ということだったがメキシコではトイレが有料の場所が結構ある。料金は5ペソで硬貨を入れると入り口の回転扉のロックが解除され一人だけ中に入れる仕組み。回転扉の無いトイレではおじさんが見張っている。我々はメキシコ到着直後でコインを持っていないのでガイドさんが立て替えていた。

10:20(1:20)ティオティワカンの月と太陽のピラミッド見学。
メキシコシティから北東約50キロにある紀元前2世紀から6世紀まで繁栄した古代都市遺跡(世界遺産)。発掘された古代都市跡を見学したあと月のピラミッドと太陽のピラミッドを見学。すごい所なのだが・・・

日本時間では深夜である。いくら睡眠で時差対策したとはいえ体内時計はまだ日本時間からあまりずれていないようだ。
気温上昇、日差し強烈、薄い空気、睡眠不足(時差)と疲労のためこの頃が一番体に厳しい時間帯となった。月のピラミッドから太陽のピラミッドまで1時間半ほどかけて歩いて見学。休み所無し。

10段程度の石段上り下りでハアハア息が上がり座り込みそうになるが他の人の目を気にしてひたすら耐える。73歳のガイドさんはメキシコの奥さんと結婚し50年住んで完全にメキシコ人化しているので高度、気候に順応し今我々の置かれた状況にお構いなしで次へ次へと案内しまくる。現地慣れした最終日にしてほしかった。受けた説明の1割も頭の中に入って来ない。もったいない話である。
P50_20240406_021437
月のピラミッド
とにかく広大な敷地内にある。歩いて見て回る以外ない。
月のピラミッド前で手をたたくと周辺の石段からの反射音がケッツァールの鳴き声のように聞こえるという。実際明瞭な反射音が聞こえたがケッツァールの鳴き声を知らないのでこの音がケッツァールの無き声なのかと納得する。

月のピラミッドから太陽のピラミッドまでの間の広い死者の大通りの両側に炎天下で地べたに民芸品を並べて売る人たちが並んでいた。
P50_20240406_030922
太陽のピラミッド
太陽のピラミッドのすぐそばまで行ったのだが相当参っていたようで写真を撮っていなかった。以前は頂上まで登れたそうだが現在は禁止。特別に登って良いといわれてもこの体調では無理だった。
写真の道両側に立っているのは民芸品のお土産屋でこちらは正規販売店だと思う。でも値段は観光客向けに吹っ掛けているので交渉が必要。

見学を終えてバスの座席に崩れるように座り込み一息入れる。市内に戻って昼食である。

12:20市内のレストランで昼食
昼食とはいえ日本時間では未明の3時過ぎである。バイキング方式のメキシコ料理。味は僕の口には合わなかったけど食べられないわけではない。ドリンクは別料金でコカ・コーラの瓶55ペソ(暗算を簡単にするため1ペソ=10円で計算する。550円!観光地価格)。でもこれは日本と同じ味で疲弊した体にウマかった。
レストランのトイレは食事代を払っているので当然無料。

14:40国立人類学博物館見学
P50_20240406_061642
展示物の撮影はOK。ただしフラッシュや三脚は禁止。
まるで縄文期の土偶のようである。スバラシイ。こういった土偶が年代ごとにたくさん陳列されていてその造形の変化は面白かった。
1時間半で見て回れる展示量ではないが日本人ガイドさんの説明が無いと理解できないので仕方ない。
後でツアー参加者から聞いたがここの見学中が一番つらかったと言っていた。皆同じだったのだ。やっぱり初日の観光コースは最終日にしてほしかったと思う。

16:40博物館出発
17:00ホテル着、チェックイン
P50_20240406_084303
ホテル プラザ・フローレンシア
疲れ切ってしまって夕食まで軽く寝る。
元消防団員ハギワラ君とツインの部屋。無駄にデカいベッドで僕は掛布団を半分ほど剥がして潜り込むようにして寝たのでベッドは左側半分しか使わなかった。

19:00ホテルレストランで夕食
飲み物別料金。缶入り炭酸水(355ml)90ペソ(約900円!!!観光ホテル価格)
何かちょっと酸っぱいスープ。塩味が無いメインディッシュ、醤油が欲しい。デザートとコーヒーの順でやたら時間をかけて進んでいく。疲れる。すでにメキシコ料理に興味を失っていたらしくこの時から料理の写真をほとんど写していなかったことに帰国してから気付いた。食に関して興味を失ってしまっていたことは楽しみの一つを失ったに等しく残念なことだった。

食後にホテルの近くにあるドラッグストアのような店で500mlペットボトルの水を購入。7.5ペソ(安いと感じる)だったのでレジで支払おうとすると7ペソになっていた。どうやら1ペソ未満は切り捨てのようだ。お釣りの硬貨が無い?

両替で50ペソ札しか持っていない僕はそれで支払おうとするとレジのお姉さんに何か文句を言われた。どうやら7ペソの買い物に50ペソ札は常識外れでもっと少額の札で払えと言っていたようだ。でも僕が50ペソ札を出し続けるとお姉さんはあきらめたのか「チッ」と舌打ちしながら20ペソ札2枚と2ペソと1ペソコインのお釣りをくれた。
この国ではお客様は神様ではないのだ。カトリック教徒のこの国では神様はキリストだけなのだ。と理解した。ごめんよ、これしかなかったんだから。

ちなみに僕の後で同じものを買って20ペソ札で支払った元消防団員ハギワラくんは何も言われていなかった。彼は20ペソ札だからセーフだったんじゃないかといっていたが、いやお姉さんは僕への対応で毒が抜けた直後だったからに違いない。

22:00就寝 もう少しでぶっ倒れるほどの肉体的疲労の後で店員の精神的攻撃を受けた過酷な長い4月5日が終わった。

| | | コメント (0)

2024年4月19日 (金)

CSSを撮る 2024/04/19

4月後半になっても北寄りのバカ風が日中いっぱい吹きまくりました。
今日は日没直後にCSSの通過がベランダから良い条件で見られたので撮影してみました。
Css_202404190941_1
4月19日18時41分ころ
 D=127mm、F=1500mm、Uranus-C、SharpCap 4.1

強風により気流が悪くぼやけた感じの写りでガッカリ。
人工衛星自動追尾での撮影の手順とウデを鈍らせないように時々撮影して行かないといけませんね。

| | | コメント (0)

1日目 成田からメキシコへのフライトで終わる

2024年4月5日(金)1日目

0:00起床。
寝たような寝てないような状態であったがもう寝てはいけないと決めて朝まで起き続ける。
室内ですることもないのでテレビの深夜番組を見て過ごすが、狭い部屋のくせに無駄に大型のテレビが備え付けられている。普段絶対見ないアニメなんかを横目で眺める。
3時過ぎ不覚にも寝落ちしていたことに気づく。
4:30シャワーを浴びて持ち込んだカロリーメイトとコーヒーで朝食。
今日は成田からメキシコシティまで12時間半のフライトで一日が終わる。メキシコ便はノンストップで一気にメキシコまで到達。この路線は国内からのフライトで一番長い路線となっている。

6:10ホテルチェックアウト
6:30京成成田発⇒6:40成田空港駅(第一ターミナル)着。
6:50出発ロビーカウンター前到着
ここで日食友で最近消防団引退のハギワラ君と合流。奄美(敗退)、インドネシア(勝利)に続く3度目の旅で2勝1敗の勝ち越しを狙う。
このあとツアー会社からEチケットを受け取りチェックイン手続き。自動チェックイン機に案内されたが機械がポンコツで反応せずカウンターで手続き。
手荷物検査、出国審査を経て搭乗待ち。

9:25アメヒコ航空57便搭乗、着席
P50_20240405_083101
機体はアエロメヒコ航空のB787ドリームライナーという中型の機体で燃費が良く長い航続力が特徴
シートは1列3-3-3の構成。席は通路側のトイレのすぐ前となった。

9:50成田空港離陸
離陸時の滑走時間が長かったのが印象的。満席状態で長距離飛行のため燃料満載で機体がかなり重いためか。離陸後も高度上昇は国内線と比べてゆっくり上昇。
日本付近の偏西風が強く高度35000ftで追い風時速210km(約60m/s)を受けて時速1100kmで飛行。到着予想時刻も定刻より1時間以上短く表示されていたので少しはラッキー。

10:50昼食
P50_20240405_105957
日本人向けに日本語で書かれたメニューA、B、Cが提示されたものからチョイス
食後に出たコーヒーはアメリカンより薄々のメキシカンコーヒー?。しかも温度が低くて冷めたほうじ茶みたいだった。このあとメキシコ国内で飲んだコーヒーは総じて温度が低く薄かった。また砂糖は供えられていたがミルクは言わないと出てこないようだ。

昼食が済むと機内は夜モードに切り替えられた。窓は通常手でスライドさせるシェードがあるがこの機体は電気制御によるシェードで5段階に濃さを変えられるようだ。夜モードでは外光が殆ど入り込まないようで昼真なのに室内灯も消されて機内はすっかり夜のように暗くなった。
ここから持ち込んだICレコーダーで拓郎のアルバム連続再生に入る。

13:50頃たぶん日付変更線を通過。
20240405
成田からメキシコシティーへの航路
まもなく日没ラインも通過して今日は10時間ほどで短い昼間が終わった。
メキシコ着は現地の早朝なのでそろそろ寝に入る必要があったが起きてからまだ14時間ほどで眠気は無く、席がトイレ近傍のため人の行き来があって落ち着かずなかなか寝付けなかった。ひたすら目をつぶって拓郎を聞く。気づくとアルバム再生が終わっているので軽く寝てはいたようだ。
そのたびにモニターのマップ表示で現在位置を確認する。航路は大圏コースに沿ってアリューシャン列島のすぐ南まで北上してから北米大陸に向かって南東進してロスアンゼルスあたりで北米大陸上を飛行してメキシコに達する。

19:50朝食
今回もメニューA、B、Cから焼き魚をチョイス。
遠くの窓越しに未明の茜色の地平線が見えた。

21:10(現地4月5日6:10)メキシコシティ国際空港着陸
空港は北緯19度26分 西経99度04分。沖ノ鳥島が北緯20度25分なので日本の最南端よりも南の位置。ハワイよりもわずかに南。
標高が2230mもありほぼ富士山5合目(2300m)にあたるため空気が薄くメキシコから成田に向かう直行便の離陸は難しくB787ドリームライナーを導入してようやく成田直行便を実現されたと書かれている。ちなみに日本で一番高いところにある松本空港でも660mほど。
成田からの飛行距離は13000kmを越えていた。

朝6時過ぎだがまだ日の出前の薄明で東の地平線がとても赤く見えていたのが印象的。
着陸後早く着きすぎたため到着スポット空き待ちのため30分ほど滑走路上で待機しているうちに朝日が差し始めた。
飛行時間は11時間20分程であったがシートに座っていた時間は12時間半程になる。その間トイレに立ったのは2回。よく耐えたと思う。

いよいよ北米大陸に一歩を踏み出す時が来た。
P50_20240405_231157
空港出口にあったオブジェ
各地にこういった地名のカラフルなロゴオブジェがあった。

メキシコでの旅程は以下の通り
4月5日メキシコシティー近郊観光
4月6日メキシコシティー  ⇒ サンルイスポトシ  バス400km移動
4月7日サンルイスポトシ  ⇒ ドゥランゴ     バス480km移動
4月8日ドゥランゴ     ⇔ トレオン(日食観測)バス往復500km移動
4月9日ドゥランゴ     ⇒ サカテカス      バス290km移動
4月10日サカテカス     ⇒ メキシコシティ    バス680km移動
4月11日メキシコシティ観光⇒ 夜半過ぎ出国
メキシコシティ近郊観光も含めるとバス移動2500km近くなる。東京博多間往復よりも長い。尻が壊れるかもしれない。

| | | コメント (0)

2024年4月18日 (木)

0日目 メキシコに向かうため成田で前泊する

メキシコから帰国してあっという間に1週間経過しようとして記憶が薄れないうちにぼちぼちメキシコ日食旅を纏めていきます。

2024年4月4日(木)0日目

4:00起床。
時差対策で早起き。
今日は翌5日朝出発予定のメキシコ直行便に乗り遅れないようリスク回避のため成田のホテルで前泊。

お昼で冷蔵庫の中の食材は冷凍庫以外は空っぽに。
最後の荷物チェックをして、もしかしたらメキシコでひもじい思いをするかもとカロリーメイトを荷物に追加。
メキシコの通貨はあらかじめ両替屋で3万円を両替しておいたが手数料を含めたレートが1ペソ13円ほどだったので手持ち現金は2300ペソ。すべて50ペソ札46枚に交換された。この日の為替市場では1ペソ9.1円程なので単純換算で3300ペソほど。手数料30%って儲けすぎだと思う。

登戸14:06発⇒新宿⇒日暮里⇒京成成田16:00着。
羽田に比べ成田は遠いですな。京成線に乗るのも成田空港から出発するも初めての経験で、そういう意味では初めてメキシコに行くこの旅は日暮里からスタート。

今夜は時差対策で早寝するので少しでも体を疲労させておくため電車内は空いてもずっと立ちっぱなしを継続。

ホテル到着後早めの夕食を食べに出て、戻ってすぐに入浴。
P50_20240404_165655
狭いシングル。寝るだけだから問題は無いけど。

数年ぶりに入るビジネスホテルの浴槽は超狭くて全身をお湯につけるためにはある程度湯量をためた後で足を抱えた屈葬状態に体を折り曲げてやっと浸かれた。
風呂上がりの体を冷やしてすぐに就寝。明日の起床は今朝よりもさらに4時間早めた真夜中0時の予定。メキシコ時間では朝の9時なので少しは効果を期待。

18:00就寝
20時ころ目が覚めるがそのまま横になって寝続ける。
その後も何度か途中目覚める。

| | | コメント (0)

2024年4月15日 (月)

暗くなったSN2024gy

東から西に移動する場合の時差ボケはすぐに解消するとの言葉通り昼間に眠くなることは無くすぐに平常の生活に戻れた感じです。
昨晩は3月22日の木星撮影以来久しぶりの星見をしました。
M104_stack_79frames_948s_withdisplaystre
M104

4216_stack_48frames_576s_withdisplaystre
NGC4216
超新星SN2024gyは暗くなって銀河の右下の腕の中にかすかに見える明るさでした。16.5等級程度

22_stack_75frames_600s_withdisplaystretc
M22
球状星団の中心付近の様子。

| | | コメント (0)

2024年4月14日 (日)

自転車修理が終わっていなかったこと

13日早朝、無事成田に到着し電車を乗り継いで10時に帰宅。
時差ボケを自転車走で矯正するつもりでさっそく自転車を引き取りに行く気満々で修理依頼しておいた自転車店に電話連絡してみると、
保険会社から連絡があって事故修理手続きに関してああだこうだでまだ部品の手配もしていないとのこと。
超ガッカリで崩れ落ちました。
何でもいいから進めてほしいと依頼して引き取りは来週末に伸びました。
これで3月下旬の風邪、事故、日食旅、修理遅延で自転車乗り1ヵ月走行なしということが決定。
昨日今日と上天気で一年で一番良い季節なのに走れないなんて。

| | | コメント (0)

2024年4月 4日 (木)

時差-15時間をシュミレーションする

4月4日 4:00起床。
夜晴れない天気がずっと続いていて星見のできない日々です。
明日からメキシコ皆既日食のツアーに出発するのに先駆けて今日から時差対策を始めました。
現地は西経100度くらい、東京の東経140度から東に140度離れています。このため時差は140/15=9.333で9時間ですが日付変更線の東側になるので西回りに計算されて-15時間となります。
時刻を15時間マイナスする暗算は老いた頭では難しいですが9時間プラスするほうが簡単です。何事もプラス思考ということで。
日食はもちろん一番の楽しみですが本格的な時差を経験するのも楽しみです。

成田からメキシコへは追い風コースなのでフライト時間は12時間半ほどの予定。(以下現地時刻をかっこ表示)
出発 5日09:35(4日18:35)
到着 5日22:05(5日07:05)
朝9時に出発して12時間以上飛行して到着すると出発日の朝7時って不思議な感覚なんじゃないでしょうか。
そして到着後夕方まで市内観光のスケジュールなので時差ボケを少しでも抑えるために起床時間と睡眠時間が重要です。

起床 4日4:00(3日13:00)は現地の昼過ぎに起きたことになります。
今日のうちに成田のホテルに移動して早寝して5日のフライトに備えます。

5日の朝は今日より4時間早起きして
起床 5日00:00(4日09:00)
これなら現地で少し寝坊した程度まで調整したことになります。

この後飛行中に1回短い夜を迎えるのでもう一度無理やり寝る必要があります。
でも0時から起きているので昼食を食べた後眠気が来るはず。そこで少なくとも5時間は寝たいところ。
就寝 5日14:00(4日23:00)
起床 5日19:00(5日04:00)
この予定であれば現地4:00起きなので今日と同じ条件になります。計算通りにいくでしょうか。

帰りは向かい風コースとなり15時間フライト。
出発 (12日00:25)12日15:25
到着 (12日15:20)13日06:20
15時間のフライトに+15時間の時差が加算され飛行機の中で4月12日が消し飛びます。

現地深夜出発なので体はすぐに睡眠を求めてくると思われますが少し夜更かしして我慢。
就寝 (12日04:00)12日19:00
起床 (12日09:00)13日00:00
途中で機内食が2回あるようですがどちらかは捨てる覚悟で睡眠時間を稼ぐ。

翌日の日曜日は修理されているであろう自転車走も利用して日本時間に戻せば何とかなるのではという考えですがどうなるか。
日食は天気次第ですが時差経験は必ず体験できるので楽しみにしています。
機内の暇つぶし用に吉田拓郎がいっぱい詰まったICレコーダーを持参して全アルバム聞きまくりです。

| | | コメント (0)

« 2024年3月 | トップページ | 2024年5月 »