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2016年3月19日 (土)

インドネシアみやげ

自分へのインドネシア旅の記念の品です。
P50_20160318_074102ルピア硬貨
ホテルチェックアウトまでの時間を利用して、ルピアコインの両替をお願いしにフロントに行きました。一応英語の文章を用意しておいたのですが現地ガイドさんがフロントにいて日本語で「どうかしましたか」と話しかけてきたので事が簡単に進みました。下調べでは1000、500、200、100、50、25ルピアの6種が発行されていることになっています。これまでの買い物や食事時のおつりで500と200は手に入れていました。2000ルピア札で両替してくれたのは1000、500、200×2枚、100ルピアでした。50や25は無いのか尋ねると「もう無いネー」だそうです。小額過ぎて何も買えないのです。スプライトの250cc缶が10000ルピアの世界ですから無理もないです。500ルピア以下はアルミ硬貨です。1000ルピア硬貨は鉄とニッケルです。重さと大きさは10円玉とほぼ同じです。
P50_20160318_074343ルピア紙幣
お札は当初国内から50000、20000、10000、5000ルピア紙幣の4種80万ルピアを持って行きました。現地でトシユキ氏との交換で100000、買い物のおつりで2000、1000ルピア紙幣をGETし全7種をコンプリート。稀に500ルピア紙幣があるらしいのですが観光客が行くような場所では入手できないでしょう。5000ルピア以下の紙幣は使われる頻度が高いようでヨレヨレです。全部合わせても2000円ほどなので自分への記念のおみやげです。ほかはジャカルタの空港で使い切りました。

P50_20160318_074912ガルーダ箸
機内食で和食を頼んだら割り箸ではなく竹を樹脂でコーティングしたような感じの箸が付いていました。ガルーダのロゴとマーク入り。僕の手にはちょっと太かったです。洋食にはステンレス製のナイフ、フォークが付いていましたがいざとなったら武器になってしまいそうです。保安上大丈夫なんでしょうかね。

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2016年3月18日 (金)

パルから20時間で帰宅する

3月9日(水)~10日(木)5日目
そういう僕たちも食分50%まで戻ってきたあたりで暑くなってきたので観測を切り上げ部屋に戻りました。帰りの長旅が待っています。もう帰り支度です。今夜はジャカルタ-羽田便の機内泊なのでシャワーを浴びておきます。
P50_20160309_132040祝勝会
12時にホテルチェックアウト後、敷地内にある中華料理店「味王」でツアー会社おごりの祝勝会。
中華と言ってもやはりインドネシア風になっていてナシゴレン、ミーゴレン、魚のから揚げ、骨付き鳥の揚げ物は常連さん。春巻きは初登場でした。辛そうな炒め物はパス。味の薄いカットフルーツたちもお供します。ビールはビンタン、ミネラルウォーターはダノンのAQUA。
AQUAのシェアは圧倒的です。ホテルでもレストランでもガルーダの機内でも出て来た水はAQUAでした。これらの場所ではデフォルトで置いてあり、無くなればまたもらえます。
みなさんご機嫌ですが、ツアーの添乗員さんも日食が見れて参加者の歓声を聞きホッとしたことでしょうね。天気悪くて日食が見れなかったからといっても参加者には何の保障も無いわけですが、ツアーの目的が日食なのですから。この辺りが普通のツアーと性質が異なるところで難しいところすね。ツアーによっては見れなかった場所もあると聞きます。
日食観測成功祝勝会を終え、帰国の途につきます。
Map20160309きょうのコース1
パルまで来たルートを逆にたどります。まずは国内線でパル~マカッサル経由~ジャカルタ。



14:30ホテル前出発
P50_20160309_142616今回の旅最後のバス移動でした。
パルには観光バスが1台も無いため、今回のツアー用にわざわざスラウェシ島北端の観光地マナドにあるバスを26時間かけて回送してきたそうです。市街地の道路沿いには街路樹がありますが、車高の高い観光バスのことは考慮されていないため枝打ちされていません。下の方の枝がバスの屋根にガサガサ当たり続けます。きっと傷だらけでしょう。
空港到着後お世話になった現地ガイドさんとはお別れ。いつもはバリ島でガイドしているそうですが今日バリ島はヒンズー教の新年に当たり「静寂の日」といわれ一切外出できないため飛行機も飛ばずパルで遊んでいくそうです。

17:10パル空港離陸
P50_20160309_173029今回はトシユキ氏と隣あわせの席は確保できずバラバラ。しかし運良く僕は窓側の席でした。パルを離陸後、午後になると日課のようにスラウェシ島の上空に沸き立つ積乱雲を右に左によけながら進路を南に向け1時間のフライト。ボルネオ島が見えるかと期待しましたが雲と逆光のため確認できませんでした。


18:00マカッサル空港着陸
スラウェシ島南部にあるマカッサル空港周辺は雷雲が山岳地帯から接近中で雨でした。ここでまた航空券が2枚の人は席替えです。僕は1枚なのでシートをキープ。タバコ組の人は一旦外に出たようです。大変ですね。
19:10マカッサル空港離陸
P50_20160309_174818ほぼ現地日没時刻の離陸でした。上空に上がると太陽はまだ水平線上低くにあるようで雲を赤く染めていました。ひょっとしてこのあと太陽の東に位置を変えた細い月が見えるかと期待しましたが飛行コースがほぼ西であったため窓から月の方角が見えませんでした。
機内サービスで軽食、ドリンクサービスあり。オレンジジュースを注文。

21:10ジャカルタ空港着陸
Map2016030910きょうのコース2
出国手続き後国際線でジャカルタ~羽田
羽田行きの便は深夜発となっているので往路と違いジャカルタ泊は無く、ぶっ続けで移動となります。パル17時発で羽田は翌日朝9時着の予定ですから所要時間16時間、狭いエコノミー席に約12時間縛られつづけます。


10日01:30ジャカルタ空港離陸
ガルーダ航空羽田行きの国際線には数人の日本人キャビンアテンダントが乗務しています。インドネシア語、英語に続いて久しぶりに聞く流暢な日本語での機内アナウンスで日本に一歩近づいたことを感じます。
離陸後多くの人が寝た頃ホットサンドの機内サービスあり。起きていた僕はGETできました。でも深夜の2時過ぎにサービスってどうなんでしょう。
06:20寝たような寝てないような気分のまま起こされて朝食とドリンクの機内サービス。和食を選択。食事にヤクルトが付いてきました。ドリンクはまたオレンジジュースを頼んでしまいました。
08:15羽田空港着陸
P50_20160310_084652沖縄の南あたりから追い風150km/hを受けて飛行機は対地速度1000km/hを超える速度で飛行。予定より30分以上早く羽田に着陸してしまいました。しかし早く着きすぎて到着スポットが空いていないため滑走路上で15分間の停止。遅れるのは困りますが早く着くのも問題ですね。

関空発のグループはさらに国内線に乗り換えて大阪に向かいます。羽田発のグループは荷物を受け取り次第解散ということで荷物を預けなかった僕たちはみなさんより一足先に帰宅の途へ。おっと、トシユキ氏はその足で職場に向かいお仕事とのこと。そもそも僕にしても3年前までは年度末の3月に休みを取るなどもってのほか。時間が足りず休日出勤が当たり前な生活でしたから今回は仕事のスケジュール的にも運が良かったと思います。京急線でトシユキ氏とはお別れ。奄美から足掛け6年半続いた日食旅は目的を達成して一旦これで完結ですが、ひょっとして来年のアメリカ日食は・・・・。

10:20無事帰宅。
P50_20160308_091550_2その日から5日間、関東地方は鬱陶しい曇り空が続き日も差さず日中は真冬の寒さですっかり体調を崩しました。あの暑さと光が恋しくなるほどでした。帰国して6日目の15日の会社帰り、ようやく晴れた夜空を見上げるとあの時太陽を隠して真っ黒に見えた月が半月手前まで大きくなって明るく光っていました。

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2016年3月16日 (水)

皆既日食前後のこと

3月9日(水)4日目
07:10起床。良く晴れています。いよいよその時を見ることが出来るのではと期待は高まります。
07:30朝日が強烈に差し込むレストランで朝食。
はやる心を抑えていつものインドネシア風朝食。オレンジジュースがあるのでみかん星人の僕はデフォルトでコップに注いでしまいます。しかしこちらのオレンジジュースは甘すぎです。少し酸味があればサッパリ感も出るのですが口の中に後を引く甘さ。それなのに毎朝飲んでしまうのはみかん星人であるためか。

08:27:50 日食開始
P50_20160309_083615日食開始頃の様子
レストランのテラスは僕たちのツアー専用スペースに貸し切られています。朝食後に僕たちが出て行ったときにはすでに場所取りが終わっていて、海側や椅子は全て押さえられていました。でも僕たちは肉眼と双眼鏡で”見る”のが第一の目的なので特に問題はありません。空いたスペースにぺたりと座り込みます。

Mappal月の影の経路
月の影は地図の左から右へ猛烈な速さで移動していきます。北限界線と南限界線に挟まれたエリアで皆既日食となります。パル付近の中心線上での皆既時間は2分50秒ほど。中心線から離れたホテル付近では1分56秒と計算されています。
太陽は上側から月に隠されていきます。奄美日食のとき使った日食メガネが活躍します。欠け方が小さいうちは直射日光がきつくレストランに避難して冷たいオレンジジュースを飲んで休憩。
太陽の周辺には邪魔する雲は無く澄んだ青空。これならコロナの輝きも遮られることはありません。
皆既食の写真撮影はしていないし皆既日食の様子を言葉で正確に伝えるには僕の能力は不足しているので、以下に皆既開始直前から皆既後までの撮影動画に残っていた僕とトシユキ氏の感動しながらうわ言のように発した音声をここに収録します。
二人の言葉中の丸数字は心理経過を表しています。
①皆既に向けて太陽が細くなっていくときの期待感の高まり
②皆既直前から皆既になるまでの急激な空と光の変化に翻弄される
③皆既中前半、コロナ、プロミネンスの美しさに圧倒される
④皆既中後半、日食を科学的に見ようとする意識の立ち直り
⑤ダイヤモンドリングから復光していく瞬間の急激な光の変化に翻弄される
⑥相当な満足感に満たされる
「」カッコ付は僕たち以外の声です。
-------
09:28:00 皆既前10分
細くなってきました      ・・・・①
P50_20160309_093225(9:32頃、光に熱さは無くなりましたがまだまだ明るい)

もう三日月より欠けてるね
8割くらい?

動画だと日食グラスをかけると欠けてるのが映る

だんだん色合いが無くなってくるような感じがする
おー、85%くらいかな

ああ、ここまで来れば、ついに、ここまで来ればもう行けるだろう

暗くなってきた

涼しいな

あと何分?
4分!
4分かぁ

すごく薄暗くなったね。だってサングラス着けてるのかと思った。薄暗くて

P50_20160309_093620(皆既1分半前、空の色が青から赤っぽくなってきます)

何とも言えない色合いが・・・

「1分前!」
1分前でこの明るさか      ・・・・②
あぁ金星が真上に
どこにある? あったあった上だ
影が来るぞー
くるぞくるぞー、ついにくるぞー
「10秒前!」
Image4_01(数秒前、画質の悪い動画から。まだ光がありますが右側から月の影がスーッと音も無く押し寄せて来るのが分かります。空が左右で明と暗に二分されている幻想的な瞬間です。この数秒間の空の変化は劇的です)


あー影がきた、こっちだこっちだ
すごい
あー、入る入る
シャドーバンド!
わー、コロナ出てきた!
あぁすごい!
09:37:50 皆既食開始-----------------------------------------
やったー!、入った、やったー!
おおすごい! すごい!!    ・・・・③
何という・・ うああぁぁ・・・・
プロミネンスが、プロミネンスが見えてる
あー・・きれいだ・・きれいだ・・きれいだねー・・・きれいだー・・・
きれいだなー
おお、これはすごい・・おお、きれいだ、きれいだ

Image2_01(皆既中 画質の悪い動画から。コロナは意外に明るく黒い太陽の円は白くつぶれてしまいます。皆既帯外の遠くの雲が太陽光を反射して白く見えます)

これくらいの明るさなんだ    ・・・・④
地球照は見えないね
ああすごい
プロミネンスのすごいのが見えてるね
左側ね
すごいすごいすごい
おー
コロナの形があれだね 結構広がってる

あー出はじめて来た、あぶないな
そろそろ終わる?
もう終る
09:39:46 皆既食終了-----------------------------------------
あっ出てきた          ・・・・⑤
ダイヤモンドリングになった!
でたー
あー、きれいきれい、すごくきれい!
すごいなぁ
あんなちょっとしか出てないのにもうこんなに明るい
あっという間に明るくなる
あー
月の影は東へ東へ、南東方向が暗い

P50_20160309_094023(皆既後40秒ほど、光が戻っていますが右側ガス灯付近に見える雲は南東の皆既帯中心方向にありまだ皆既中で光が当たっていないため黒い。正面の白く見える積乱雲は皆既帯の南側にあるため皆既中も白く見えていました)

スバラシイ          ・・・・⑥
おわったー
涙が出てくる・・
「みんな拍手拍手」

あー・・・ おー・・・
あー きれいだった。

コロナってすごいんだな
んー

「おめでとうございます。」
「ばんざーい!、ばんざーい!」 拍手拍手

(みなさんもう観測そっちのけで記念撮影会が始まるのを見て)
こんな深い部分食なんてめったに見れないのに・・・
-------
(ふーう、動画を再生していてあのときの感激が甦って来ちゃいました。)
とにかく完璧でした。何度も経験してきた人にも聞きましたがこんな完璧に見えるのは幸運と言っていました。皆既食は1分56秒間でしたがこんな短時間内にこれだけの「きれい」「すごい」を連発したことがこれまでの人生においてあったでしょうか。やっぱり皆既日食は一度は見ておく価値のあるものと再認識したのでした。

P50_20160309_095254テレビの日食中継。この時はLIVE
パルから東北東へ約850kmの距離にあるテルナテ島からの中継映像です。パルから遅れること14分後に皆既となっています。月の影の移動速度は速いですね。肉眼でも良く見えた太陽の左側に見えている赤いプロミネンスが映っています。本物の色合いはテレビ画面とは比較にならないです。


P50_20160309_101026まだ部分食は続いているのに
皆既日食終了後の部分日食というものは悲しいほどに見てもらえないものです。あれほど皆既前の部分食開始時から歓声を上げて見ていた女性陣も今は多くの姿が無くなっています。機材をそろえて日食全経過を撮影する人だけが取り残されている感じです。でも皆既食を見てしまった者にとって後半の部分食はどんなに大きく欠けていようとも所詮は部分食なのであって、あの「きれい」「すごい」の感動はもう無いので仕方のないことです。

11:00:31 日食全経過終了

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2016年3月15日 (火)

リゾートホテル

今回宿泊しているのは「スイス・ベル・ホテル・シラエ・パル」。
P50_20160308_0902437日と8日の2泊です。散策から帰って部屋で一息ついた頃、雲が出て日が陰ってきたのでプールサイドでのんびりすることにします。洗って濡れているポロシャツを着てそのまま海風に当たって乾かす魂胆です。自転車旅でいつも持参しているICレコーダーで拓郎を聴きます。何で熱帯のリゾートホテルのプールサイドで拓郎なのか。陽水でもいいじゃないか。
ここはレストランのテラス。日食当日は日本人団体の貸し切りスペースとなります。

P50_20160308_165514さすが現役消防団
トシユキ氏は水着を持参していたのでプールで泳いでいました。入水前のストレッチも完璧です。翌日下痢になったようですが僕と同じ行動をして同じものを食べていたので違いはプールに入ったかどうか。プールの水を飲んだのかもしれません。帰国するときには直っていました。


P50_20160308_221716夜のプールサイド
最初は僕たちだけだったのですが日が傾いて涼しくなるにつれてプールサイドは日本人以外の客でにぎやかになってきました。夏場、国内の屋外プールは日中が営業時間ですが、熱帯では光の強い日中は涼しい部屋やカフェで過ごし日差しが弱まってから屋外に出てくるのが正しい生活のしかたのようです。

19:30~22:00市内のレストランで夕食
P50_20160308_215251今日の夕食もバスで市内のレストランに向かいます。道沿いの屋台っぽい所には電燈がともり昼間どこにいたのかと思われるほど大勢の人たちが繰り出して来ています。焼バナナ屋、焼ピーナッツ屋、飲み物屋、なぞのメニューを作る食事処、フルーツ屋など海岸沿いに数キロ延々続きます。現地ガイドさん曰く「食べたら当たるヨ。日食見てからにしテ」。写真は果物屋さん。各種果物がきれいに並べられて販売されています。

街中で犬を見ない
イスラムでは豚と同じく犬は不浄な動物とされているため飼われていないそうです。パルの街中で犬の散歩という姿は全くありません。
カラス、ハトがいない。これだけ大勢の人たちが屋外で飲み食いすれば当然おこぼれを狙うカラスやハトが居そうなものですがその姿は全く見られませんでした。
スズメは日本と同じ体型、模様で同じちゅんちゅん鳴きしていました。

P50_20160308_231312南十字をみる
今回せっかく赤道付近まで来たので日本では見られない南天の星を眺めるのも楽しみの一つ
8日未明、AM.3時頃トシユキ氏に起こされてホテルのレストランテラスに出てみました(レストランは24時間営業)。初めのうちは雲が広がっていましたが30分ほど粘ると次第に星空が広がってきました。初めは星の位置関係がわかりませんでしたが低くなっている北斗七星から辿って、頭上で大きく弧を描く春の大曲線、木星としし座、東には夏の大三角と北半球の星座の位置がわかり始めると土星に惑わされてわからなかったサソリ座が釣り針のように立ち上がっているのを発見。日本では見られない角度でした。
8日夕食後にホテルに戻り再びレストランのテラスで星見。時間が早いので冬の星座たちも見れました。オリオンの三ツ星、シリウス、日本では見るのに苦労する竜骨座のカノープスが高い所にいます。その先には大マゼラン雲もいるはずなのですが捉えられず。そのうちに南十字星、ケンタウルス座のα、βも肉眼で見ることが出来ました。
いよいよ明日が日食です。

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2016年3月14日 (月)

パルぶら歩き

3月8日(火)3日目
7:20起床。雲がありますが晴れています。今日は添乗員さんによると何かあって飛行機が欠航した場合の予備日として設けられていたそうです。しかし無事昨日到着できたのでオプションツアーが実施されました。僕たちはオプションツアーに申し込まなかったので丸一日フリーです。
8:30ビュッフェスタイルの朝食。
P50_20160308_085138ジャカルタと同じ系列のホテルなのでメニューも大体同じです。ただ、パルでは日本人客が珍しかったのかにぎり鮨、味噌汁、おかゆ、タクアンなども供されていました。ナシゴレン、ミーゴレンは主食。魚のから揚げ、骨付き鳥の揚げ物をおかずに、デザートは味の薄いカットフルーツという食生活が定着してきました。そんな中で僕にヒットしたのは写真のパンプキンケーキ。これはウマカッタです。表面ちょっとカリッとして中はしっとり。食後コーヒーを飲みながら今朝は3ついただきました。
コーヒーメーカー不調
コーヒーはその場で豆を挽いて抽出する装置が備えられていましたが不調でした。ボタンを押すと豆を挽くガリガリーという音がしてチョロチョロっとコーヒーが出て来るのですがカップに3分の1ほど溜まったところで停止。レストランの係りの人に目で合図すると何かを操作してカップを満たしてくれました。しかし翌日の朝食時にこの装置の姿は無く、ドリップ済みのコーヒーがポットで提供されていました。

10:20ショッピングセンターに向け徒歩で出発
Map20160308今日のコース
オプションツアーに参加する人たちは1台は砂金採り、1台は小学校訪問でバスに分かれて出発していき、ホテルは静寂を取り戻しました。僕たちもじっとしているわけではなく約2kmほど離れたショッピングセンターまでぶらぶら歩いて散策することにします。以下はぶらぶらしながら見たものです。


P50_20160308_103955_2ガマの穂綿ではないか
埼玉の沼の岸などで見るガマの穂綿のような植物が空き地に繁茂していました。どう見てもガマの穂綿です。海岸からわずかしか離れていない場所です。




P50_20160308_105103海岸線沿いにある現地の食事処
ここはきれいな建物のレストランです。お店の前のヤシの木に素手でするすると登ってヤシの実を取っていました。海岸沿いにある多くの飲食店はヤシの葉を屋根に葺いた掘立小屋、良く言えばくたびれた海の家みたいな感じで風が吹き抜けるオープンスペースです。



P50_20160308_11022110時には開店していなかった
現地時間10時にショッピングセンターに着いたもののまだオープンしていませんでした。ショッピングセンターから見たパルの湾と対岸の山脈です。パルの市街地は前の通りを右にずっと進んだ方向です。道を挟んで立っているのはヤシの葉で葺いた現地の人たちが夜になって飲み食いに集う食堂のようなもの。昼間は閑散としています。時間稼ぎにこの先にある海上に突き出たモスクまで行ってみることにします。

P50_20160308_110603モスクは各所にある
日本でもお寺や神社はちょっと歩けば見られるようにモスクもあちこちにあります。まだ朝暗いうちからスピーカでコーランを流し始めホテルの中まで聞こえてきます。朝が近くなるにつれ各所のモスクから合唱のようになります。



P50_20160308_111304ビックリマーク標識があった
Hati-Hatiというのはインドネシア語で「注意」の意味だそうです。通りに出ると相変わらず車やバイクが相当なスピードで走りぬけていきます。走りぬけながら僕たちに向かってクラクションを鳴らしたり声をかけていきます。時々タンデムの後ろの女性が手を振ってきたりするので振り返してあげると喜びます。そもそもこんな日差しの強い昼時に道路脇を歩いている人などいませんでした。よっぽど目立っていたようです。

P50_20160308_113330しいたけはこんな恰好をして歩いていた
久しぶりにしいたけ登場。海岸線に出ました。海は河川から流れ込む水によって茶色く濁っています。山の方で多くの雨が降るようです。漁をしている船はいましたが海岸で泳いだり日光浴するなんて人は見当たりません。
真上から差し込む強烈な太陽光に対して帽子にハットを選択したのは正解でした。顔と首と腕は入念に日焼け止めを塗ってあります。腕の先が黒っぽいのは去年夏の日焼け跡がまだ残っているためです。腕、脚には蚊対策で虫除けを吹きかけてあります。でも昼間の海沿いであれば不要だったかもしれません。履いている七分丈のハーフパンツは自転車用。襷にかけているのは自転車に乗るとき使っているウエストバッグ。自転車用のサンブラスもかけています。何かと自転車用品は流用が利きますね。しかし、紺色のポロシャツはかいた汗が乾いた跡に白く塩が浮き出してしまい失敗でした。とにかく暑さ慣れしていないため汗が止まりませんでした。
P50_20160308_114544海上に張り出したモスク
パルの空港からホテルに向かう途中に見た海上のモスクまで来ました。この時間は橋の入り口のゲートが閉められていました。潮が引いている時間なので陸続きになってしまっています。夜はライトアップされていてきれいです。手前には漁に使うカヌーがありますね。道端で獲ったばかりの小魚を売っていました。アジのような魚もありました。
そろそろ現地時間11時なのでショッピングセンターまで引き返すことにします。

P50_20160308_120631戻って行く途中で地元の小学生の一団が後ろから付いてきているのに気付きました。そのうち一人の少年が走り寄って来て僕に英語で話しかけてきました。
「こんにちは」「名前はなんていうの?」「いま何歳ですか?」
名前の次に歳を聞かれたのは驚きでした。学校の教科書がそうなっているのでしょうか。でもここまで来てサバを読んだ答えをしても仕方ないので正直に答えてあげました。彼からすると僕は年齢より若く見えたようです。ヨシヨシ、良い子だ。
彼の家族がヤシの屋根の店を経営しているようで寄っていけというそぶりをするのですが、添乗員からは腹を壊すからと言われていたので、分からないそぶりをし続けました。ちょっとココロが痛いなぁ。彼らとはショッピングセンターの所で手を振ってお別れです。

ショッピングセンター自体のオープンは現地11時だったようです。でも店内のテナントはまだシャッターが下りたままの店が多くありました。熱い昼間はほとんどお客が来ないのでゆっくり商売を始めるようです。
スーパーは開店していたので中に入って商品を見てみました。日本の家電やカメラなども扱っていました。値段は国内と同等くらいです。
子供用品の品ぞろえが多いのに驚きです。さすがに国民の平均年齢が20代の若い国で子供も多いのでしょう。現在2億5千万人ほどの人口が今後3億人を越えると予想されています。若い国は活気があって良いですね。一方我々のツアー参加者の平均年齢たるやインドネシアの平均年齢の倍か?
ケンタッキーフライドチキンが出店していたので味見してみました。1ピース150円くらいなので国内よりも安いです。そのお味は・・・さすが国内で食べるのと同じ味でした。
P50_20160308_131214影が消えたこと
この日12時の太陽の赤緯は南緯4°44’なので南緯0°52.5’のパルでは太陽は”南中”し、その高度は86°51.5’という高さになりほとんど影ができません。10日後の正午にはちょうど頭上に太陽が昇り、それ以降太陽は”北中”するようになります。昨日のジャカルタは南緯6°7’なので高度88°23’に北中していたことになります。

自動販売機や公衆電話は無い
缶飲料はコカコーラ、スプライトなどを商店の窓越しに見ます。しかも常温。しかし自動販売機というものは全く見ませんでした。まず、価格がコインでは買えない値段であること。レストランで頼んだ250mlの冷えたスプライト缶で10000ルピア。インドネシアで最高額のコインは1000ルピア。お金BOXがすぐいっぱいになっちゃいます。その他、安定電源の確保や無人の自販機保安など設置するにはリスクが高すぎます。同様の理由で公衆電話は無いのでしょう。
15:00ホテルに戻る
シャワーを浴び、塩を吹いてしまったポロシャツを洗面所で水洗いします。夕飯までに乾くかな?

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2016年3月13日 (日)

パルに向かう

3月7日(月) 2日目
7:40起床。日出直前ですが空は青空が広がり良く晴れています。インドネシアでは雨季にあたり3月は雨季の終わりの時期だそうです。なので雨季に日食と聞くと絶望的に感じますが日本の梅雨のように帯状に雲がずっと掛かり続けて悪天が続くわけではなく午前中は比較的晴れて午後に夕立(シャワー)がある天気変化のようです。
8:00朝食
だし巻き卵があったので食べてみました。とてもしょっぱかったです。インドネシアといえば味の素なのですが、ひょっとして・・・。
P50_20160307_084727ホテルの窓からの風景
空港方面が見渡せます。湿度が高いためか大気の汚れのためか遠くの風景がかすんで見えます。遠くにタマネギ型のモスクの塔が2つ見えます。屋根の上に見える赤いものは給水タンクです。



9:30ホテル出発~10:00ジャカルタ・スカルノ・ハッタ国際空港着
ホテルから専用バスで空港に向かいます。今日は月曜日で朝の通勤時間帯で道路の交通量がかなりありました。信号のある交差点はほとんど無くみな、あ・うんの呼吸で通過していきます。とても慣れが必要です。バスの脇をバイクが列を成して追い抜いていきます。
Map20160307今日のコース
インドネシアの国内線でジャカルタ~マカッサル~最終目的地パルに移動します。マカッサル空港へは経由で降りるだけなので飛行機に乗ったままでした。



P50_20160307_111727ジャカルタねこ
搭乗ゲートに並んでいると外の木陰にねこがいるのを発見。何と三毛猫ではないですか。暑さのせいか、食事事情が悪いのか細身で野生のようです。そうこうするうちに手荷物検査です。飛行機に乗る前に3回も手荷物検査を受けました。警備が厳重です。トシユキ氏はズボンのベルトも外させられていました。


P50_20160307_115359今回もバス移動
搭乗ゲートを出るとバスが待っていました。揺られること5分で搭乗機です。ボーイング737型機。今日は関空から来たグループも合流し添乗員と合わせて60人の団体となりました。もともと募集していた人数が関空発40人、羽田発30人で募集開始直後に満員となり僕たちはキャンセル待ちとなっていました。その後、各社から日食ツアーが発表されそちらに流れていったようです。おかげで僕たちは今日こうやって席を確保することが出来ています。でも羽田発の最小催行人数が20人だったのであと4人他に流れたらツアー自体が消えてしまう所でした。
12:20ジャカルタ空港離陸
ジャカルタからマカッサルへはほぼ東に2時間のフライトです。
P50_20160307_123056インド洋が見える
トシユキの計らいで今日は窓側の席を確保。離陸後ジャワ島の北岸に沿って東南東方向に飛行しました。高度を上げるにつれ遠くまで見渡せるようになりジャワ島の南側海岸線を確認。その海岸線の先に広がるのはインド洋です。
昼食は軽い機内食と飲み物がサービスされました。国内線ではアルコールサービスは無しのようでトシユキは「No!」と断られていました。

14:25マカッサル国際空港着陸
マカッサルはスラウェシ島最大の都市で空の玄関口。国際線も乗り入れています。到着すると時計を1時間進めます。日本との時差は1時間に縮まります。
パルまでの航空券が2枚で発行されている人は席移動でしたが僕たちは通しで1枚なので移動はありません。ところが他の人と席がブッキングしていました。添乗員いわく良くあることだそうです。幸いブッキングしていた人は他の席に座れたようで事なきを得ました。
15:20マカッサル空港離陸
P50_20160307_152716積乱雲
マカッサルからパルまでは真北に1時間のフライトです。しかし午後になり、島の上空には積乱雲が発達していました。高度1万メートルを飛行している窓から積乱雲の頂上は見上げる位置まで到達しています。赤道付近の圏界面は高く1万5千メートルは越えているのではないでしょうか。飛行機はその積乱雲の柱を右に左にかわしながらジグザグ飛行をするのでした。

16:20パル空港着陸
着陸直前の空港周辺を見下ろすと、山は一面緑ですが平野部は所々赤茶けた地面が露出し土埃が上がっているのが見えました。雨期なのに地面が乾いています。平野部はそんなに雨が降っていないと思われ、これは天気も期待できそう。
P50_20160307_163746_2日食祭り
到着ゲートを出ると民族音楽のお出迎え。ここまで来れば後は天気次第ということになります。パルでは9日の日食に合わせてお祭りが開催される様です。当日はインドネシアは祝日になっています。インドネシアの副大統領も訪問し、何と我々が宿泊するホテルに同宿するとのこと。添乗員さんはそれほど良いホテルを確保しているんですよ、と得意げでした。

P50_20160307_172745バイク
空港から専用バスでホテルへの移動途中、パル市内の車窓からの眺めは楽しめました。まず今の日本では見ることのできないものが多くあります。小さな個人経営の商店も多いです。パルの人口は33万人ほどだそうですがその人口の割合以上に交通量が多く感じられます。何といってもバイクの多さ。しかも多人数乗りは常識のようです。写真では両親と子供2人の4人乗り。後輪がつらそうにつぶれています。ここは海岸に出た所の交差点で信号機は無くラウンドアバウトになっています。ちょっと下手な運転の車両がいるとあっという間に詰まってしまいカオスな世界になります。絶対こんな所で運転は無理だと思います。まして自転車なんて。滞在中自転車の姿は見ることがありませんでした。交通量の前に暑さにヤラレますよね。
18:20スイス・ベル・パルホテル着
パルで一番のリゾートホテルだそうです。
19:30~20:00講習会
21:00~22:00夕食
P50_20160307_215724ホテルからバス移動して民俗音楽の生演奏をしているレストランでした。室内ではなく屋根のあるオープンレストランだったので食事を食べるともう汗だくでした。
食べたものは
・2種類のナシゴレン、ミーゴレン  定番です。
・魚のから揚げ、骨付き鳥の揚げ物 揚げ物系も定番です。
・肉団子のスープ(あっさり味でおいしい)
・カットフルーツ(スイカ、メロン、マンゴー)
・レバーっぽい物の野菜炒め、あとは忘れました。
飲み物にオレンジジュースを注文。20000ルピア。出てきたのは濃縮還元ではなくミキサーで作った生オレンジジュースだったので満足。ビール組の人たちは「銘柄は何?、銘柄は?」とビールの銘柄にうるさかったですね。1杯のビールに今宵のすべてを賭けてるぜみたいな感じ。その銘柄はインドネシアで作られている赤い星がマークのビンタンビール。ビンタンとは★(星)という意味があるそうです。ナマではなく瓶で出てきます。栓抜きで開けているのを久しぶりに見ました。
食事をしながらツアー参加の人に話を聞くと、この会社のツアーのリピーターが多かったです。さらに、関西からは学校の先生の割合が高かったです。講師の先生とのつながりとかあるのでしょう。僕たちは単にスケジュール(3泊5日と短い)と金額で選んでいました。
最後は音楽に合わせてみんな輪になって踊っていました。

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2016年3月12日 (土)

ジャカルタに向かう

3月6日(日)
5:50起床。曇っています。でも今日は天気は関係ありません。これからインドネシア日食ツアーに出発です。今回の旅の目的は単純で2009年奄美皆既日食のリベンジで「死ぬまでに一度は皆既日食をこの目で見ること」の実現ただ一つです。
荷造りは持ち物リストに沿ってスーツケース(今回Amazonで購入)とウェストバッグ(いつも自転車に乗っているとき腰に着けている奴)に押し込んで前日までに終えてあります。でも長期(といっても1週間程度ですが)の自転車ツーリングに出発するときに感じる「何か忘れものがあるんじゃないか」という強迫観念が今回も襲ってきました。日食を見るのに必要な日食メガネ、双眼鏡、デジカメ、旅に必要なパスポート、現金、クレジットカードは前日2回も確認してあるので間違いなし。パンツが無かったら現地で買えば良いだけです。
Map20160306今日のコース
今日は羽田からインドネシアの首都ジャカルタまで飛んで空港近くのホテルで宿泊。移動だけの1日です。





7:40自宅出発
直前に電車の運行状況で遅延の無いことを確認して玄関に鍵をかけて駅に向かってスーツケースをゴロゴロ引きながら歩き始めました。キャリーバー、キャスター付きのスーツケースを運用するのは今回が初めて。いつも駅の構内で邪魔な持ち方をしている人に出くわす経験から自分は「あんな迷惑な持ち方はしないぜ」と意識しつつ駅までの道すがらバーの長さや持ち方など"車両感覚"を訓練しました。
幸い今日は日曜日で朝早いので電車も混雑は無く、階段、エスカレータ乗り降り、電車の中のポジションなど良いOJTができました。機内持ち込みサイズのスーツケースは取り回しが楽ですね。そもそも駅構内でスーツケースを引いている人を邪魔だなぁと感じるのはその人の歩く速度が遅いからなのではと考え、普段の通勤時の早歩きを心掛けました。一般の人より早く歩けば後ろの人にとって邪魔な存在ではなくなるわけですよね。
もちろん電車のシートに空きがあってもいつものように立ったままです。
8:40羽田国際線ターミナル着
P50_20160306_084714自転車旅で満足している僕は国際線は初めて。待ち合わせ時間までウロウロしてみました。通貨の両替所の長蛇の列を見て、あらかじめ交換しておいて正解だったなぁとその時は感じましたがジャカルタに到着後ガッカリすることになります。
間もなく2009年の奄美日食に同行し共に悔し涙を流した消防団副団長トシユキ氏と合流。ツアーの受け付けカウンターでe-チケットを受け取りチェックインカウンターで航空券に交換。窓側の席をリクエストしましたが既に無く、中央4席の内側2席となりました。
搭乗機はガルーダインドネシア航空875便、羽田11:45発⇒ジャカルタ19:10着の予定です。
Garuda「ガルーダ」というのはインド神話の伝説の鳥の名前でインドネシアの国章にもデザインされています。
この便には他の日食ツアーの団体も複数利用していたようで日本人客7割合以上で満席でした。思い起こせば前回飛行機に乗ったのは2009年の奄美日食からの帰路、宮崎-羽田間を飛んで以来です。あの時羽田で再起を誓い合ったトシユキ氏と再びここで合流してインドネシア日食に向かう。う~ん、旅は繋がっているのです。

11:45羽田空港離陸
窓から外を見る楽しみが失われていたので、シートのモニターで飛行経路情報を見ていました。この日は日本海低気圧と沖縄付近に前線と低気圧があり上空は強い南西風となっていました。
13:40頃大東島あたり高度11000mでは200km/hの向い風です。対気速度864km/hで飛行しているのに200km/h押し戻されて対地速度は664km/h。離陸後ずっとシートベルトサインは消えず機体は揺れ続けました。機内サービスの昼食が提供されたのはさらに南下して安定した14:40頃でした。和食とインドネシア料理の選択でドメスティックな僕は和食とオレンジジュース、旅慣れたビジネスマン、トシユキ氏はインドネシア料理とワインでした。
16:00フィリピン上空
P50_20160306_160218エコノミークラスの真ん中の席でトイレに立つには通路側の人の協力が必要なわけです。我慢強い僕も食事を取ってジュースやコーヒーや水(ミネラルウォーターのペットボトルがシートに備えられていた)を飲めばおトイレに行きたくなるわけです。血行を良くするためにも歩くことにして機体後尾のトイレへ。トイレの脇に小さな丸窓があったのでそこから外を撮影してみました。良く晴れ渡りフィリピンの島影らしき上空に雲がわいているのが見えます。かつて零戦や一式陸攻が飛んだ空です。すぐ横では数人のインドネシア人キャビンアテンダントが休憩中で何やらモシャモシャと食べていました。目が合ったらニヤッと微笑まれました。どういう意味だろう?
18:10赤道通過
P50_20160306_181459緯度が下がるにつれ向かい風は追い風に変わり遅れを取り戻しつつ安定した飛行が続きます。機はボルネオ島上空で北半球から赤道を越えて南半球に入ります。シートのモニターで0.00度の写真を撮りたかったのですが自動的に切り替わる地図と緯度表示の組み合わせがなかなか起こらず撮影したときには南半球に入り込んだ後でした。画面を好きなモードで固定できるようにしてほしいなぁ。でもこんな写真撮りたがるのは僕だけだろうけど。

19:45、日没前のジャカルタ、スカルノ・ハッタ国際空港着陸
東経107度なので西に30度以上移動したので日没も2時間ほど遅くなりました。途中の向かい風で遅れた分は全てを取り返せず30分遅れの正味8時間のフライトでした。飛行機はスポットに着くのかと思いきや、国際線なのに駐機場に止りそこからターミナルまでバス移動でした。やれやれ。遅れた分スポットを他の機に取られたのかもしれません。
到着ゲートの前で羽田から参加したツアー全員が初めて顔合せ。総勢23名に添乗員1名でした。
入国審査では何も悪いことをしていないのに何か聞かれるかと緊張していましたが、何も会話は無くパスポートに簡単にポンとはんこを押されて解放されました。持ち込み荷物も申告の必要の無いものなので税関はスルッと通過。晴れてインドネシアに入国です。かたまりだった日本人も各ツアーごとに添乗員に誘導されて次の目的地に向けばらけてゆきました。健闘を祈るって感じです。
P50_20160306_203734疲れた体に誘惑的な甘いメイプルシロップの香りを漂わせていたRoti'Oというパン屋?さん。すぐ移動だったので買えず。
空港内も何となく蒸し暑かったですがターミナルから外に出るとムッとする熱気に包まれました。「東京の猛暑日だった夕方の風の無い状態に加湿器で湿度を上げた状態」といったところでしょうか。


20:50空港内で手荷物受け取りや行方不明者発生で時間を取られながらもようやくツアー専用バスで空港近くのホテルへ移動。バスの乗降口は進行方向左側でした。ということはこの国は日本と同じ左側通行だったのです。バスの中では何と現地ツアーガイドの人から円をルピアに両替してくれるサービスがありました。しかもレートが1万円で100万ルピア。僕が新宿で両替したのは10480円で80万ルピア。一人心の中で「エーッ!!」と叫んでいたのでした。出発前に知らせておいてほしかったなぁ。

21:30からホテルのレストランでビュッフェ形式の夕食。アルコール類は別料金ですが飲めない僕には関係ありません。トシユキ氏はビールを1本注文。80000ルピアくらいだったかな。ルピアから円に換算するのに100分の1で計算すると800円ということになり国内よりずっと高いと思う。食べた物は写真には取りませんでしたがざっと思い出すと
・ナシゴレン(チャーハンみたいなもの。長粒米使用)
・ミーゴレン(インスタントラーメンの麺を焼きソバにしたみたいなもの)
・焼き鳥(竹串で焼いてタレがかかっておりウマかった。サテというらしい)
・魚のから揚げ(魚の種類は不明、骨抜きしてあった)
・骨付き鳥の揚げ物(肉はやや硬め、肉が骨から分離しにくく前歯が刺歯の人は危険)
・コーンポタージュスープ(国内と同じ)
・カットフルーツ(スイカ、メロン、マンゴー 全般的に糖度は低く水っぽく薄味。日本国内で栽培されたものの方がよっぽど糖度が高くおいしいと思う。バナナとかパイナップルなどは無かった)
・何かのゼリー(ゼラチン質が固め)
生野菜は少なめでした。
エアコンが効いているものの食事中汗が噴き出すのを止めることはできませんでした。
P50_20160306_230954疲れて倒れ込むしいたけ
部屋に戻りシャワーを浴びてサッパリしたら23時過ぎ。もう疲れてしまってすぐに寝てしまいました。





ここでの時刻表記はすべて日本時間としました(デジカメの写真の時刻が日本時間のため)。日本との時差はジャカルタは‐2時間、目的地スラウェシ島パルは-1時間です。

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2016年3月10日 (木)

皆既日食をみる

本日午前、インドネシアから帰国。
30度以上の高温多湿の熱帯からいきなり10度以下の気温の羽田に戻り、夜間飛行の寝不足も手伝って体が悲鳴を上げています。
とはいえ、ついに肉眼で皆既日食をとらえることに成功したのでした。
Map20160310パルに行った
行先はインドネシア共和国スラウェシ島のパル。宿泊したホテルの部屋の窓側でのGPSの計測では
 南緯   0度52分34秒
 東経119度50分11秒
南半球ですがほぼ赤道直下で時差は日本と-1時間。
日本国内からの直行便は無く、羽田から首都ジャカルタで国内線に乗り換えてマカッサル経由でパルに到着。便の都合で2日がかりでした。

P50_20160309_092947ついに皆既日食をみた
3月9日皆既食開始直前の観測風景です。太陽は細り光が急速に弱まっていきます。宿泊していたホテルのレストランのテラスに陣取って観測しました。暑さにやられたら冷房の利いたレストランに入って冷たい飲み物を飲み放題という恵まれた環境でした。テラスの前はすぐ海で視界の障害となるものはありません。日出から青空が広がり日食開始以降太陽に雲がかかることはありませんでした。そして約2分弱の間、黒い太陽、銀色に広がるコロナ、鮮烈なピンク色のプロミネンス、急に見え始めた惑星たち、ダイヤモンドリングなどを目でとらえることができました。写真やTVで放送される映像とは全く別物で、肉眼という広視界、自動絞り機能、ラティチュードの広さを兼ね備えた優れた光学機器を通して見えた皆既中の風景には思わず声を出さざるを得ない実に美しい眺めでした。こんなものがこの世の中にあるんだという感じ。一度見た人が皆既日食に病みつきになるのも良ーく分かります。

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2012年5月18日 (金)

たま駅長に会った

6:30起床。大阪市内のホテルで目覚めました。今日は休暇を取っています。
かねてから懸案の和歌山電鐵貴志川線の終着駅である貴志駅のスーパー駅長”たま”に会いに行きました。
8:30地下鉄~8:49天王寺駅発JR紀州路快速~10:20和歌山駅発和歌山電鐵貴志川線のいちご電車で10:50貴志駅着。
P50_20120518_101652 和歌山電鐵貴志川線ホームへ
貴志川線のホームは和歌山駅9番線。切符を買おうと一旦JR和歌山駅の改札を出たけれど切符の自販機は無し。駅員さんに聞いたら貴志川線ホームで売っているとのことで和歌山駅に再入場しました。
貴志川線ホームへの階段の壁には駅長たまのパネルがいっぱい。

P50_20120518_192442 1日乗車券を購入
終点貴志駅まで片道360円。往復すると720円ですが一日乗車券なら650円でお得です。購入すると既に乗車日がスクラッチしてありました。年が2017年まで用意されていますがそれまでは値段は変わらない予定なのでしょうか。

 

P50_20120518_101816 勤務予定
たま駅長と最近就任したニタマ駅長の勤務予定が張り出されていました。たまは貴志駅専任で日曜だけお休み。新人のニタマは伊太祈曽駅勤務で週休2日ですが日曜日はたまの代役で貴志駅勤務です。



P50_20120518_101828 いちご電車
行きはいちご電車でした。貴志川線は単線で2両編成の電車が走っています。昼の時間帯は30分に1本ペース。3編成の運行です。
車両の中はいちご柄でいっぱい。照明の蛍光灯も暖色系を使っています。通勤通学の時間はすぎていましたがそれなりの乗客があります。半分以上は観光客でしょう。
電車はのどかな風景の中をごっとんがったんと各駅停車で走ります。終点までの所要時間は30分ほど。
P50_20120518_105428 貴志駅到着
ひとしきりお客さんがはけるのを待って静かになってからホームから駅舎へ。ここは無人駅ですが常に人がいる駅です。駅舎は左手にたまカフェ、右に駅長室。たまは駅長室で執務中でした。

 


P50_20120518_105908 執務中
たまは駅長であるとともに貴志川電鐵の執行役員でもあるのです。駅長室はガラス張りでお客さんから丸見え。サボっているとすぐバレます。
そしてこのあとすぐにたたき起こされることになりました。



P50_20120518_111218 取材中
今日は和歌山駅からTV局の取材チームが乗車しており、何と両備グループの代表であり貴志川電鐵の社長でもある小嶋氏も一緒でした。
人がはけたあと駅舎前で小嶋氏と駅長のTV取材中。駅舎の屋根はねこをデザインしてあります。


P50_20120518_111036 社長に抱かれるたま駅長
駅長室の入口は駅舎左手にある小山商店の中にあります。たまグッズを漁っていると小嶋社長が入ってきて駅長室のドアを開け、挨拶がわりに煮干を振舞っていました。
そのあと駅長室を出て社長と一緒に取材を受けました。公式の場に出る場合は特注の帽子をかぶって正装します。


P50_20120518_111116 取材を受けるたま駅長
今日の取材はBS日テレの番組で6月に放送されるそうです。放送日と番組名をちゃんと聞いておけばよかった。





P50_20120518_113320 たまカフェでまったり
小嶋社長とたま駅長のツーショットも見れて今日はとてもラッキーでした。帰りの電車を待つあいだたまカフェでコーヒーをいただきます。たまカフェの中はたまミュージアムになっていて駅長たまの写真やこれまでの功績などが展示されています。

 

P50_20120518_114620 辞令
小島社長から貴志駅の「スーパー駅長」に命じられた時の辞令です。





P50_20120518_114630 表彰状
これは和歌山県知事から和歌山を全国に発信した功績をたたえた表彰状で「ナイト」の称号も与えられています。





P50_20120518_114848 駅長室に戻った
取材が終わり駅長室に戻ったたま駅長。まだ小嶋社長がお帰りになっていないので寝るわけにはいかずしゃんとして駅長業務をこなしています。




P50_20120518_115120 帰りはたま電車
今日運行されていたのはいちご電車とたま電車と普通の電車の3編成でした。帰りはたま電車にあたりご機嫌です。





P50_20120518_115308 賑やかな車体
中も外もたま柄の車両です。残念ながら反対側と天井は確認できませんでした。





P50_20120518_115438 ねこシート
車内はたまの小さなイラストが車内いっぱいにはられ、シートは三毛デザインです。





11:56貴志駅発のたま電車~12:40和歌山駅発JR紀州路快速~14:13大阪駅~14:27新大阪発のぞみ~東京~自宅。
P50_20120518_192616 おみやげ
たまドロップを買いました。
今日は9時間ほど電車に乗っていたので帰りの新幹線のなかで蓋を開けて舐め始めてしまいました。

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2012年4月23日 (月)

「こどもの樹」の顔

先週土曜日に鑑賞してきた「こどもの樹」の顔を集合写真にしました。
Kodomonoki 15の顔があります。
樹の周りをぐるっと一周して顔を拡大して撮影しました。
クリックして大きくしてご賞味ください。
僕のお気に入りは1行4列のオレンジ色の顔にまんまる目玉かな。
アートピースコレクションのミニチュアと顔を比較するとミニチュアは細かいところで着色に手抜きされていています。持っている方は比較してみると面白いです。

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