日記・コラム・つぶやき

2018年1月10日 (水)

転居場所を決めて1年

思い返せば去年の今頃、以前住んでいたマンションからの転居場所を決めたのでした。
その年の年賀状には近々引越すことも書いておきました。
引っ越しは2月下旬に行い住所変更の案内をハガキで送付。

そして年が変わって今年の年賀状が届いたのですが、何と驚くなかれ40%は旧住所に
送られてきていたものが転送で届いていたのでした。
旧住所に送った人は全て宛名をパソコンで印刷したものでした。
私が住所変更のはがきを送ったので、その時は引っ越ししたんだと知ったわけですが、
パソコンの住所録の変更を忘れてそのままなのです。

郵便局の転送サービスは1年間で終了しますから来年はあて先不明で発送者に戻るこ
とになります。でも僕からの年賀状は届く。そのときになってようやく住所録を変更してい
なかったことに気付くという流れになりそうです。
一応今年の年賀状にも引っ越ししたことは書いておいたので気づく人もいるかと思いま
すが、果たして40%がどれほど下がるでしょうか。お楽しみに。

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2017年11月23日 (木)

今年の秋の雨はどうして

どうしてどうして休みの日を狙って降るのでしょう。
7:50起床。久しぶりに遅くまで寝てしまいました。それもこれも昨夜から降り始めた雨が降り続いているせいです。今日は勤労感謝の日で明日は有休を取っていて4連休にしてツーリング計画を立てていたのですが、初日に雨を持って来られてしまい計画はオジャン。
度重なる休日の雨の過ごし方を考えた結果、少年時代に戻ってプラモデルを作って暇をつぶそうと考え、あらかじめ購入しておいたのでした。
P50_20171123_1332581/100零式艦上戦闘機21型
やっぱり飛行機はゼロ戦ですなぁ。部品数が少ないのでのんびり作っても2時間ほどで完成しました。このモデルは塗装済みなので超初心者向け。1/100モデルなので小さくて場所も取りません。



P50_20171123_132721エンジン始動
このモデルの良い所はモーターが付属していてプロペラを回すことが出来るところです。スイッチを入れるとブーンとプロペラが回転して・・今まさに空母の飛行甲板から発艦しようとしている・・・おおーかっこえー!。外の鬱陶しい雨も忘れて一瞬気分は少年に戻ったのでした。


雨は昼前に上がり、その後急速に天気は回復して日差しが出ました。これはこれで大変キレの良い雨の上がり方で好感が持てますが、気温が低いために路面が乾くのが遅いのです。14時頃ようやくマダラに乾いてきたので自転車で近所に買い物。ついでに多摩川CRで関戸橋まで往復して16:10帰宅。
やっぱり短時間でも自転車に乗れるのは気持良いですね。
走行時間:1h32m、距離:34.6km、AV.22.4km/h

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2017年10月29日 (日)

10月最後の日曜も雨だった

終わってみれば3週連続土日雨の10月でした。7日の土曜日も午前中は雨が降ったので4回の土曜日は全て雨が降ったことになります。
昨日午前中一瞬のすきを突いてちょっと走れましたが太陽光を浴びることが全くできず、日に日に美白が進んでいきます。
おかげで月間走行距離は663kmで10月のワースト更新。全期間通してもワースト5位にランクインです。
「趣味は何ですか?」と聞かれても、とても「自転車です。」と答えるのはおこがましい。「室内でチェーンにオイルを差すことです」ということにしておきましょう。
年間15000kmのペースを下回ってしまいましたが、雨のおかげで気休養十分というかナマっています。昼間の短い残り2カ月で挽回できるでしょうか。

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2017年10月22日 (日)

2週続けての土日雨というのは

かなりしつこい秋雨が続いています。今週末も秋雨前線と台風の接近で雨予報が出ていました。どこかで止み間があれば少しでも自転車で走ろうと、期日前投票も済ませてスタンバイしていましたが、ずっと雨でした。
記録によると2週連続土日が走れなかったのは2014年2月の2週連続大雪のとき以来です。2月なら冬の寒い時期なので諦めもつきますが、5月に次いで快適な気候の10月にヤラレるのはたまりません。すっかり気分は腐り切り結局2日間とも一歩も家から出ること無く引き籠り、2日間で歩いた距離は先週末に続き50mほどでしょうか。備蓄してある非常食料でこの週末を凌いだのでした。
犬も食わない悪天候続きで10月の走行距離としてはこれまでの最低記録更新がほぼ確実となりました。

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2017年10月15日 (日)

せっかくの10月だというのに

寝ても起きてもどんよりシトシト寒々と、5月に次いで爽やかな気候の10月なのに、犬も食わない悪天候が続き自転車どころではありませんでした。僕は一歩も家から外に出ることなく備蓄してある非常食料でこの週末を食い繋ぎ、2日間に歩いた距離は50mもありません。あー曇天鬱になりそう。
幸い注文しておいた早生みかん6kgが土曜日の夕方到着して、みかんの中に入っていた愛媛に降り注いだ太陽エネルギー果汁を吸って健康を保ったのでした。
でも予報ではこのどんよりシトシト寒々な天気があと一週間も続くようです。

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2017年1月15日 (日)

今回は家賃値下げ交渉の余地すら無かった

6:40起床。晴れていますが思いっきり冷え込んでいて氷点下5℃を下回っているようです。正月過ぎまで日中は3月の陽気で油断させられたあとに厳冬の寒気団来襲で風が冷たいです。とはいえ関東地方南部は他の地域に比べれば天気に恵まれています。積雪も無く寒くても日差しがあります。午前中は部屋に籠っていろいろ手続きなどしていました。
これまで部屋の賃貸の更新のたびに値下げ交渉に成功して家賃を下げ続けてきましたが、今回は家主側から昨年のうちに「建物解体」に伴う契約解除通知が来てしまいました。まだ築30年も経っていないのですが、「建物の老朽化に伴う修繕費の増加と地震による倒壊の可能性等」が契約解除の理由でした。
そういうわけで先月あたりから引越し先を検討していましたが、不動産屋の混雑期に入る前に転居先を決めるべく、土曜日にいくつかの物件を見させてもらい転居先決定となりました。
P50_20170115_130127寒さに耐えるなかのしまねこ
引越し先は現在の場所から南東方向に直線で1.25km。多摩水道橋を起点にすると湘南方面、奥多摩方面、荒川方面となにかとアクセスしやすい位置にあるので自転車生活優先で近場にしました。でも近いとはいえ引越しにかかる手間は距離にはあまり関係なく、今年最大のイベントとなりそうです。去年の最大のイベントはインドネシア皆既日食だったのと比べると何とドメスティックなのでしょう。溜まりにたまった荷物を選別してできるだけ捨てて身を軽くして新居に向かう予定です。
そんなわけで、この週末は多摩川沿いを走っただけで終了です。2月も引っ越しがあったり祝日が土曜日で死んだりしているので走行距離はかなり減ると見込まれます。
土日2日間の走行距離:148kmほど。

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2016年3月 3日 (木)

両替したこと

2009年7月22日、我々は高いツアー代金を支払い21世紀中に起こる皆既日食の中で皆既時間が最長と言われた日食を奄美大島に見に行きました。しかし当日、空は雲に覆われ皆既日食を見ることができませんでした。
あれから7年、ようやくお金も溜まった我々は第2回目の皆既日食観測ツアーでインドネシア遠征に向かうこととなったのです。
P50_20160303_074723インドネシアルピア紙幣
前準備で円を現地通貨に両替しました。額面が大きいですが円換算するときは大体100分の1と暗算すれば500円から50円ということになります。
国内では交換レートが悪いと聞いていました。現在の為替レートは1円=116ルピアなので1万円では115万ルピアになります。しかし両替した結果は10480円で80万ルピアでした。1円=76ルピアくらいですから両替手数料で1円に付き40ルピア取られています。。何もしないうちに10480円→6896円に目減りしました。使い残して再度ルピア→円に両替したら戻りはスズメの涙になってしまうのでできるだけ使い切ってしまいましょう。

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2015年10月14日 (水)

自転車無しで土肥キャンプに行ったこと

11日から12日にかけて西伊豆土肥キャンプに行ってきました。
このキャンプは学生時代のゼミの友人3~4人が各自の交通手段で土肥のさざ波キャンプ場に集合して各自の生存を確認し一晩飲み食いをして現地解散するというものです。2012年に第1回が開催され自転車で参加し帰路は一日中雨の中を自転車で帰還しました。2013年は稲刈りが終わらず不参加。2014年は台風接近で中止。今年は3年ぶりの参加なのですが自転車ではないのが残念。
11日朝起きると予報通りの雨であったため自転車での参加は見送り、シュラフとランタンだけを持って10:50自宅を出発して電車に乗車。
交通機関を利用するので運動量が少ないため電車内では座らずつかまらず運動。町田を過ぎると小田急線社内は空席が目立ちますが誘惑に負けず電車の揺れと戦い続けました。車窓からは自転車で走ったことのある道路が右に左に見え電車からはこんな風に見えるんだと新たな発見。
小田原から東海道線で湯河原へ。電車内では相変わらず座らずつかまらず運動を続行。こちらでも自転車で走ったR135、旧道が車窓の右に左に、上に下に望まれます。湯河原到着前、油断したのかカーブで不覚にも手摺につかまる失態を演じ自分的には失格です。
湯河原からはキャンプ参加の消防団はぎわらくんの車に拾ってもらって土肥へ向かいます。R135から熱海~多賀~県80~山伏峠。テント装備で苦戦して走った山伏峠の上りも車ならあっという間。~修善寺~狩野川沿い~R136~土肥峠~14:30土肥のさざ波キャンプ場着。自転車で来たときはリアル時間で9時間40分かかりましたが電車+車では3時間40分。伊豆半島の天気の回復は湿った南西風の影響で遅れ土肥でもポツポツ雨が落ちていました。
今年は第1回以来のメンバー4人が勢ぞろいしました。バイク2名、車1名、本当は自転車1名。バイク組からは僕が三島か沼津からまで輪行してくると思っていたようですが、まだ自宅から自走主義なのでそれはありません。
P50_20151011_1521322009奄美日食ツアー付属コールマンテント
メンバーは4人なのにコールマンの5人用、モンベルの4人用、ダンロップの2人用の定員11人の3張りのテントでスペースを贅沢に使います。キャンプ場はこれまでの経験上最高の人出ですがまだ余裕です。炭火で焼いたサンマうまかったなぁ。



翌朝は快晴の朝。のんびりとモーニングコーヒーと朝ごはん。キャンプ場は東に山があり朝日が差してテントが乾かせるようになるまでダラダラと過ごします。僕の自転車キャンプは早朝出発が常ですが今回は自転車ではないのでキャンプ場の朝を満喫。テントを撤収して出発準備完了したらもう11:20過ぎでした。
帰路も消防団はぎわらくんの車に便乗。土肥峠から西伊豆スカイラインで達磨山方面の見晴らしの良い場所で息子が自転車乗りヨシダ君と電気工事まかせろフルイチくん差し入れのカップラーメン休憩(昼食?)。
20151012_120936初冠雪の富士を望む
達磨山近くの駐車場からです。昨日の雨が富士山頂付近では積雪となり今シーズン初めて白く雪化粧しました。




20151012_122019達磨山近くでラーメン休憩
強い西風が吹き渡る駐車場でお湯を沸かしてまったり。自営業の二人は「明日の仕事はサボってここでキャンプする?」とか言いながらラーメンをズルズル。



P50_20151012_131434バイク組みとお別れ
時刻はすでに13:20近く。ここでバイク組と分かれ(バイクのほうが早いので。一人乗りのくせに軽自動車よりデカイエンジン積んでるって効率悪すぎ?)
戸田峠~修善寺~県80~山伏峠~都賀~R135~14:50湯河原駅。14:57東海道線~小田原~小田急線で16:50帰宅。
帰りも運動不足なので電車内では座らずつかまらず運動。小田急線最後尾車両の一番後ろから後方に流れ去る風景を眺めながらの乗車でしたが最後尾の揺れは激しく6回ほど手摺のお世話になり帰路も失格です。

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2015年6月25日 (木)

駅長たま死去

貴志駅駅長の「たま」が死去したそうです。
2015062501



















2012年5月に貴志駅に会いに行った時の雄姿です。
最後の肩書は「和歌山電鉄社長代理」でした。
長い間お疲れ様でした。

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2015年2月25日 (水)

電車で女性に怒られたこと

通勤電車じゃ座らないぜ! と宣言してから長い月日が流れ、つり革手すりに頼
ることなく立ってバランスを保ちながら本を読んで通勤しているうちに踏ん張る
力が身についてきました。

2月24日、その日僕は午後からの細かい作業で目をヤラレてしまったため、いつ
もより早めの17:40頃に会社を出て帰宅の途に着いたのでした。

新宿から小田急線急行に乗るときも、列に並んで座って帰るようなことはしませ
ん。いつも通り先発の電車に乗り込みます。車内は出発時刻に近かったため、す
でにつり革もいっぱいで掴まるところがありません(いつものことです)。この
先の混雑を予想して通路の奥、ドアとドアの通路の中間点付近にスタンディング
ポジションを固定し本を読みはじめました。今読んでいるのは「働くアリに幸せ
を」という進化生物学者が書いた本です。アリは人間と同様に社会性を持った生
き物で集団で・・・本の内容は今回の事件とは無関係なので先へ進みます。

急行電車は新宿を出発すると5分ほどで代々木上原駅に到着します。ここで地下
鉄千代田線が連絡しており、大手町方面からの帰宅客がドッと乗り込んできます。
新宿からの乗車率が倍になるくらいです。
この時の電車はタイミング悪く2本分の千代田線の乗客が乗り換えてきて満員と
なり、ドアとドアの中間点にいる僕の両側も左右から人が詰まってきて隣の人と
常に触れ合う状態でした。

次は3分ほどで下北沢です。駅に停車するための減速時に事件は起こりました。
減速時は進行方向に力が加わるため僕の左側から人の圧力がかかり始めます。隣
の女性も掴まるところが無いようで体重の半分以上をこちらにかけてきています。
ホーム停止前が一番きつくなるところです。最後は右足一本徳俵にかけて強烈な
押しをしのぎ雪崩れるのを食い止め駅に停車。こらえ切れたことは普段の訓練の
たまものじゃと満足感に浸りホッと一息ついて体勢を戻すべく左に押しました。
と、そのとき左側(僕に圧力を加えてきていた方)の女性から声がかかったので
す。

「もっと奥に詰めろよ!」(なに?何?、これが会社勤めしている社会人の見ず
知らずの人に話しかける言葉か?)といきなり怒られました。もっと奥?僕はド
アとドア通路の真ん中の一番奥に初めからいるのですが。

「右側もいっぱいですよ。」(紳士風~)と答えると、女性は私が詫びることを
期待していたのか態度を急速に台風並みに悪化させて吐いたセリフ。

「ジジイのくせに満員電車の乗り方くらい知らないのかよ!。だったら降りろよ
!」(ウ~ム、最大瞬間風速70mくらいか?、停車時の押しよりも強烈。)

理解不能でした。
満員電車の乗り方とは体勢が崩れた時に相手に体重をかけて我が身を守ることな
のか?
そういうことができないなら電車に乗る資格が無く降りなければいけないのか?
女性が雪崩れてきているのを必死に食い止めたというのに?
その当人から鬼のように怒られ、降りろと命令されるとは!!
”ジジイ”は事実かもしれないので仕方ないとしても。

女性と口で争っても勝てないのは世の常と遠藤周作氏の本で読んだような気がし
たので、僕は反論したいところをグッとこらえました(精神的にはよろしくない
ですが社会的にはよろしい?)。幸い駅で電車を降りる人がいて右にわずかな空
間ができたので僕はスッと身を引くことができました。

僕が体と言葉を引いたおかげでそのあと二人の関係は発展することなくこの件は
それで終了となりました。ほんの10秒くらいのことでした。

もし電車内に行司がいてこの件を裁くとすれば、間違いなく徳俵でふんばった僕
に軍配があがったでしょう。よしんば女性びいきの行司で女性に軍配をあげたと
しても、土俵下の5人の審判は黙って見逃すことなくサッと物言いの手が上がり、
協議の結果は全員一致で行司差違えで僕の勝ちとなるはず。
僕は手刀を切って懸賞金の束をわしづかみにして颯爽と花道を引き揚げ、途中多
くのファンからは肩をぽんぽん叩かれて「良く堪えたぞー!!」「いいぞーしい
たけー!」と熱い声援を浴びていたはずです。
さらに重圧に耐えた僕の踏ん張りとお客様同士のトラブルによる電車遅延という
間抜けな理由の電車遅れを未然に防いだ僕の対応は「敢闘賞」「技能賞」候補に
ダブルノミネートされていたことでしょう。

現代の都会の女性は見ず知らずの人に向かってこれくらいの啖呵をスラッと吐け
ないと生きていけないのでしょうか。それとも彼女は厳しい逆境の中で生活して
いるうちに身についてしまったものなのでしょうか。そうさせてしまった社会に
問題があるのか・・・。深く考えさせられたのでした。

僕としては助けた相手から罵られたという感覚なので、彼女から放たれた言葉は
たった二言だけでしたがココロに突き刺さったまま傷だらけで帰宅したのでした。
今でもその言葉が刺さったままのようで、時々チクチクとココロが痛み、そのた
びにあの時の情景が甦ってくるのです。行司さえいてくれたら・・・。


吉田拓郎 「流星」より

 たとえば僕が まちがっていても
 正直だった 悲しさが あるから・・・流れていく

 静けさにまさる 強さは無くて
 言葉の中では 何を 待てばいい・・・流れていく

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